2026年6月28日日曜日

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第4番_ミケランジェリ

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第4番ト短調Op.40、ルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ピアノ)エットーレ・グラチス指揮/フィルハーモニア管弦楽団(1957年録音)にて聴こう。

この4番を聴くといつも思うのは、「砂の器」の和賀英良が弾く<ピアノ協奏曲【宿命】>である。曲が似ているとかではない。4番こそが、ラフマニノフにとっての一生・宿命の曲のように感じるからだ。たぶん、砂の器は曲としては2番のオマージュだと思うが。

第2番・第3番ほど甘美な旋律を前面に出さず、ジャズ的なリズムや複雑な和声を織り込んだ4番。ロシアから亡命してアメリカで過ごしたラフマニノフのある意味、真骨頂かもしれない。

第2楽章;ラルゴは白眉。まるで夜明け前の湖面のようだ。

ミケランジェリの弱音は、ほとんど音が消え入りそうなほど繊細なのに、芯が失われない。弦楽器との対話も絶妙で、グラチスの伴奏は決して前へ出ず、ピアノを柔らかく包み込む。「美しい」というより気高い演奏だ。ミケランジェリが、無名のグラチスを気に入っていたわけがわかる。


2026年6月25日木曜日

モーツァルト クラリネット協奏曲_ゴイザー

モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622、ハインリヒ・ゴイザー フリッチャイ指揮 ベルリン放送交響楽団にて聴く(1957年録音MONO)。カール・ライスターの師であるゴイザーは伝統的なエーラー式(ドイツ管)のクラリネットを使用している。ゴイサーの太く、温かみがあり、どこか素朴でありながらも深い響きが魅力的だ。緩徐楽章:adagioは白眉だ。ゴイザーの息の長いフレーズと、オーケストラの弦楽器の弱音が見事に溶け合い、モーツァルトの白鳥の歌にふさわしい「深い孤独」と「疲労感」を表現してくれている。


2026年6月22日月曜日

エルガー  弦楽セレナーデホ短調_シノーポリ

エルガー  弦楽セレナーデホ短調OP.20、シノーポリ フィルハーモニー管弦楽団(1990年録音)を聴こう。

エルガーには、エニグマ変奏曲の「ニムロッド」という有名な美しい曲がある。それに勝るとも劣らないのが、第2楽章:Larghettoだ。エルガーが遺した最も美しい緩慢楽章の一つらしいっす。息の長い、祈るようなメロディが弦楽器の濃厚な響きによって歌い上げらる。中間部で一度大きく感情が高ぶり、再び静けさを取り戻していく様、後年の「ニムロッド」にも通じるのだろう。エルガー特有の高貴な抒情性に満ちている。1楽章も、ヴィオラが刻む独特のリズムに乗って、ヴァイオリンが切なくも美しい第1主題を奏で、3楽章で、コーダに差し掛かると、それが再登場する。全体を優しく包み込むような「循環形式」か。最後はホ長調の明るく穏やかな和音の中に、静かに余韻を残して消え入るように曲を閉じる。シノーポリのLarghettoは、イン・テンポで流していく箇所は皆無と言ってよく、ルバートを巧みに用いて、一つのフレーズをこれでもかと引き延ばす。お得意の「沈黙」や「タメ」に、きわめて濃厚なエロティシズムと情念が宿る。やはり、通常よりも30秒も長い(4.5~5.0分の曲で)。やりすぎか?でも美しい!


2026年6月13日土曜日

R.シュトラウス メタモルフォーゼ ン~23の独奏弦楽器のための習作~_ケンペ

 R.シュトラウス 「メタモルフォーゼ ン~23の独奏弦楽器のための習作~」、ケンペ(C)シュターツカペレ・ドレスデン<1973年、ドレスデンの聖ルカ教会にて録音>、23の内訳は(10のヴァイオリン、5のヴィオラ、5のチェロ、3のコントラバス)である。

圧倒的なレガート・音響美で、しかも「悲劇的な死への恐怖」を投影するがごとき巨匠らの演奏とは一線を画し、あくまで冷静に淡々と一点の曇りもなく旋律を紡いでゆく。それが、「喪失感」と「静かな祈り」を深く突き刺す。SKD特有の「重い・しかし柔らかい」弦の音色が、ケンペの透明な指揮と組み合わさることで、この曲に得も言われぬ「気品」を与えている。



2026年6月8日月曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第12番_アマデウス弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑫

弦楽四重奏曲第12番変ロ長調K.172,アマデウス弦楽四重奏団で聴く。6曲ある『ウィーン四重奏曲』のうちの5曲目。ご存じハイドンの作品20「太陽四重奏曲」の衝撃をダイレクトに吸収しようとした時代です。この曲では、第3楽章のメヌエットが最も顕著です。冒頭、第1ヴァイオリンではなくヴィオラが主導権を握って語りかけ、それに第1ヴァイオリンが応えるという構造になっています。ヴィオラにこのような重要な役割を与えたのは、ハイドンの「全楽器の平等化」に強い刺激を受けた結果でしょう。また第1楽章や第4楽章では、ハイドン譲りのポリフォニックなテクスチュアが随所に顔を覗かせます。ホモフォニーに終始せず、各楽器が追いかけっこをするような緊密なアンサンブルに、その影響が見て取れます。ハイドンが持つ「構築性と知的なユーモア」に圧倒されたモーツァルトが、それまで得意としていたイタリア風の「あふれる歌心」をベースに残しながらも、必死にドイツ・ウィーン風の「緻密な骨組み」を組み込もうと格闘した、その絶妙なバランスこそが、この曲の独自の魅力になっているのでしょう。



2026年6月7日日曜日

リムスキー・コルサコフ シェエラザード_ドラティ

 リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」Op.35、ドラティ(C)ミネアポリス交響楽団<0958年録音;Mercury>にて聴く。

男気ドラティの引き締まった硬派のオーケストレーション。「Mercury」レーベルの音の良さも相俟ってダイナミックで生々しい音響が聴こえる。そして忘れてはならないのが、ヴァイオリンソロだ。コンサートマスター:ラファエル・ドルイアンである。ご存じ、ドルイアンはこの後、セルに招かれクリーブランドへ、セル亡き後は、ブーレーズが三顧の礼でニューヨークフィルのコンマスへ迎えている人物。この1958年は、ドラティの下、ミネアポリスのコンマスなのだ!過度なロマンティシズムに溺れることなく、非常に精確で洗練された気品を保ち、男気ドラティのシャープなダイナミズムと推進力とのコントラストが見事。妖艶かつ知的なヴァイオリンが王妃の凛とした佇まいを匂わせる。各楽器の分離の良さと解像度の高さは、Mercuryならではです。