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2026年10月12日月曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番_ハイティンク

 火の玉4番ではなく大人の4番を聴いてみよう。

チャイコフスキー交響曲第4番ヘ短調Op.36、ハイティンク(C)コンセルトヘボウ管弦楽団(1978年録音)を聴く。

激情、絶望、運命との闘いを前面に押し出すと、非常に劇的な作品になる。しかし感情をむき出しにするのではなく、激情をオーケストラ全体の構築力の中に収め、悲劇を大きな交響曲として描いてゆく。そこに、ハイティンクの魅力がある。

コンセルトヘボウ管は弦の厚みと柔らかさ、木管の色彩、金管の充実感が互いを損なわない、それをうまく整理して単なる大音量ではない、奥行きのある響きを導き出す。

第2楽章、ヤン・スプリロンクのオーボエは、華やかなロシア風の歌というより、ひとり静かに過去を振り返るモノローグのようで大人だ。

終楽章、ハイティンクは、猛烈な速度や荒々しいアタックだけに頼らない。リズムを明確に保ちながら、弦と金管のエネルギーを結集する。だから、音楽がただ騒がしくなるのではなく、終楽章としての構築性を維持できるのだ。そしてそれを可能にしているのは、コンセルトヘボウ管の弦の厚みと金管の充実ぶりだ。それでは、爆発していないのか?否!ちゃんと整然と爆発している!!!



2026年9月27日日曜日

スラブ圏の弦楽四重奏曲トップ3_エマーソン弦楽四重奏団

 今日は、スラヴ圏の弦楽四重奏曲のトップ3を揃えたエマーソン弦楽四重奏団の一枚を聴こうか。

*ドヴァルザーク:弦楽四重奏曲第12番ヘ長調OP.96(B.179)

*チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11

*ボロディン:弦楽四重奏曲第2番ニ長調

<1984年:NY録音>

東欧のロマン派を、濃厚な民族色ではなく、透明なアンサンブルと精密なリズムで描いた1枚。



2026年8月30日日曜日

チャイコフスキー 交響曲第5番_マタチッチ

チャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調OP.64、ロブロ・マタチッチ(C)チェイコフィルハーモニー<1960年録音:ルドルフィヌム;芸術家の家にて>

これは実に面白い一枚だ。「チェコ・フィルの美しい音でチャイコフスキーを鳴らす」が正解か。

第1楽章、ミロシュ・コペツキーのクラリネットは、音の輪郭が非常に明確なのに、硬くない。暗いけれど透明。そして低音域に入っても、けっして音が「濁らない」。歩みは少し速く、「運命に追われているからこそ前へ進む」といった捉え方か。

第2楽章、白眉!!名人ミロスラフ・シュテフェクのホルンはさすがだ。柔らかく丸い。しかし芯がある。そして、決して「咆哮」しない。ヨゼフ・シェイバルのオーボエはなんと甘いのだろう。甘ったるいのではない、ただ甘いのだ!カレル・ヴァツェクのファゴットは、俊敏でいてよく鳴る。しかし低音に芯がある。そして弦楽群が、シルキーだ。そう全くスラブ感がない、しかし、これこそがチェコフィルのチャイコフスキーだ!と言っている。

第3楽章、ワルツ。マタチッチはかなり端正な音づくり。「これはドヴォルザークなのか」と思わせる瞬間がある。しかし、なぜかそれがいい。

第4楽章、冒頭E majorで始まるが、Allegro vivaceに入るとE minorになる。しかし、チャイコフスキーはここで長い葛藤に入る。E major→E minor→不安定な調性→D major→C major→再びE minor……最後にE majorと。この葛藤をチェコフィルのオーボエ → フルート → クラリネット → ファゴットといった木管群が色彩の変化を受け持つ。冒頭のE majorの荘厳な足取り、ラストのE majorの勝利感、それは、いくつもの積み重ねの上にやってくる。それがよくわかるマタチッチの構成であった。







2026年8月6日木曜日

チャイコフスキー 交響曲第6番_マルティノン

チャイコフスキー 交響曲第6番変ロ短調OP.74「悲愴」、マルティノン(C)ウィーンフィル<1958年:ゾフィエンザール録音>を聴こう。フランス人指揮者がウィーンフィルでロシア物?これだけで非常に興味深い録音だ。そして、歳を重ねると、激情型の演奏でなく、このようなどこか内面的な透明感と気品のある色彩感覚の高い演奏を好んでいるのがわかる。



2026年5月1日金曜日

チャイコフスキー 交響曲第5番_マゼール

チャイコフスキー交響曲第5番ホ短調Op.64,マゼール(C)ウィーンフィル<1963-64録音;DECCA>で聴く。

33歳のマゼールのクリスタルで硬質な、輪郭を発揮させるメリハリのある造形嗜好にウィーンフィルのしなやかで甘美な音色が何故か融合し面白い仕上がりとなっている。

第1楽章冒頭、アルフレート・プリンツのウィンナ・クラリネット暗く、深みがありながらも、芯の通った密度の高い音色から始まる。マゼールの筋肉質でタイトな嗜好に、プリンツの知的でコントロールされた吹き方が、演奏全体の緊張感を高める。

第2楽章、フライベルクのウィンナ・ホルンの芳醇な音色、柔らかく、かつ深みのある音色がマゼールの明晰な解釈の中に絶妙な叙情性を添える。ロレンズのオーボエは、ウィーン・フィルの木管セクションらしい、素朴ながらも気品のある歌い回し。マゼールの端正な造形の中で、ロレンズらによるウィーン伝統の木管の響きは、冷徹な演奏に温かみや「ウィーンの体温」を与える重要な役割を果たしているといえよう。パンチの効いたティンパニの強打も効果絶大。ホッホライナーの「ヤギ皮」ヘッドの独特の響きは、非常に明快なアタックがありつつも、その後の響きにはウィーン・フィル特有の柔らかく深い余韻が残り嬉しい。

終楽章、序奏は中庸のテンポで決して情感に溺れない。オーケストラは、主部になると一気に厚み増し、再現部は輝かしくもある。終結部の弦による「運命動機」も、輝きに溢れ、コーダのヴォービッシュを中心とするトランペットは品位を失わず神々しい。やはり面白い。 



2026年3月24日火曜日

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番_カーゾン

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番変ロ短調OP.23, サー・クリフォード・カーゾン(P)サー・ゲオルグ・ショルティ;ウィーンフィル<1958年録音>を聴く。カーゾンと言えば、私の中ではモーツァルト27番だが、今回は、この奇天烈な組み合わせによる、これまたチャイコフスキーというミスマッチな作品を・・・。

しかし、ともにサーの称号を持つ2人の競演+デッカ&カルショーの録音。予想通りの「静と動」の対比が独特のテンションを引き起こしている。カーゾンの打鍵のパーカッシブな質感がリアルに捉えられているだけでなく、弦楽群のシルキーな手触りや、木管楽器の芳醇な響きも失われていない。とても1950年代とは思えない録音。フルパワーのショルティの引張りにカーゾンもウィーンフィルもよく堪えたなという気もする。第2楽章、ニーダーマイヤーのフルートがいい!!カーゾンの端正なピアノに寄り添う、あの「古き良きウィーン」を感じさせるフルートの響きは、まさにニーダーマイヤー時代のウィーン・フィルならではのものか。中間部で聴かれるヴァイオリンの旋律は、ボスコフスキー特有の柔らかく、かつ気品のあるヴィブラートやねぇ。カーゾンの流れるような音の粒、よかとです。終楽章、高速パッセージを余裕ぶっこいてこなすカーゾンのクールさは、たまらんです。

何故か爽快さの残る異色の名盤です。


2026年1月12日月曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番_ハイティンク

 チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調OP.36 ハイティンク(C)コンセルトヘボウ管弦楽団(1978年録音)で聴く。劇的なカタルシスや「爆演」をお好みの方は無視してください。「大人じゃん」のオーケストラーの質の高さと統一感をまとった極上の演奏かと。「コンセルトヘボウの奇跡」と呼ばれた木管群の品格、特に第2楽章冒頭のハンス・マイヤーのオーボエ、グッときます。第3楽章のピッツィカート演奏の巧さも必聴!



2025年9月14日日曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番_ドラティ

 チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調OP.36 ドラティ、ロンドン交響楽団(1960年録音:Mercury)で聴く。ドラティ2度目の録音(1度目はコンセルトヘボウ)。随分とドラティを紹介しているがドラティがやっぱり好きかもと思わせる1枚。フィリップス傘下へ入る前のMercuryの録音も好きです。





2025年6月15日日曜日

ドヴォルザーク&チャイコフスキー_弦楽セレナーデ

 弦楽セレナーデ はお好き!?

ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ ホ長調 作品22は、(ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1963年12月録音)にて、チャイコフスキー:弦楽セレナーデ ハ長調, Op.48は(オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1960年4月10日録音)にて。
イッセルシュテット盤はドヴォルザークのこの曲が持つ、素朴さや牧歌的な美しさを丁寧に引き出しつつも、過度に感傷的になったり、大仰になったりすることなく、品格あるそれでいて「ドイツ」っぽい演奏。北ドイツ放送響の弦楽セクションは、しっとりと落ち着いた柔らかい響きがいい。
オーマンディ盤は、フィラデルフィア管の分厚く、甘美で、絹のような艶やかな弦の響きがいい。こちらも甘美さの中にも「品位」があり、精緻なアンサンブルは見事。ただし、第1楽章・第4楽章の再現部のカット有が玉に瑕。


2025年1月12日日曜日

チャイコフスキー 交響曲第6番_オーマンディ

チャイコフスキー 交響曲第6番変ロ短調Op.74「悲愴」、意外なコンビで聴いてみる。オーマンディ:フィラデルフィア管(1960年録音)。陰鬱さを微塵も感じさせない美しき明晰な「悲愴」は、このコンビのなせる技か。(これは良し悪しでも、誉め言葉でもくさし言葉でもどちらでもない)木管群の巧さはピカイチ。変拍子ワルツも変にタメを作らず、淡々と。中間部も強弱以外はサバサバした展開。3楽章、金管群・ティンパニーは抑制的で、弦楽の面白さに的をあてる。それは最後まで継続される。終楽章、フィラデルフィア管の弦楽群の巧さ響きの分厚さの見せ所だ。瑞々しい音色のオーケストラ。颯爽と音で勝負するオーマンディの矜持を感じさせる一枚である。



2024年10月12日土曜日

チャイコフスキー 管弦楽集_アバド

 ベルリン・フィル;アバドによるチャイコフスキー 管弦楽集を聴く。オタク的に集めている序曲「1812年」だけを聴くつもりだったが、結局全部聴いちゃいました。

1. 幻想曲 《テンペスト》 作品18
2. スラヴ行進曲 作品31
3. 幻想序曲 《ロメオとジュリエット》
4. 大序曲 《1812年》 作品49
今日は、午前中は、ドジャースVSパドレスの最高の日本人対決の投手戦を視聴してからの洗車and音楽でのんびり。せっかくの3連休だし明日はでかけてみようかなぁ。
ジュリエットといえば、やはりオリビア・ハッセーだな。


2020年7月26日日曜日

チャイコフスキー 序曲「1812年」 聴きだめ

お篭り日曜日、チャイコフスキー 序曲「1812年」変ホ長調 OP.49、11連続鑑賞。①まずは、千秋真一;ルー・マルレ・オーケストラ(実際はブルノ国立フィルハーモニー<チェコのオーケストラ>)②ストコフスキー;ロイヤル・フィル③ドラティ;ミネアポリス交響④シモノフ;ロイヤル・フィル⑤メータ;ロスアンジェルス・フィル⑥ケンペン;ロイヤルコンセルトヘボウ⑦マルケビッチ;アムステルダム・コンセルトヘボウ⑧ゲルギエフ;キーロフオペラ管⑨ドミンゴ;フィルハーモニア管⑩プレヴィン;ロンドン交響⑪ムーティ;フィラデルフィア・・・・カノン砲あり、鐘の大音量あり、ロシア国歌、グリンカあり、花火あり、の熱演ばかり。
初めて圧倒されたのが、スピーカー音量に気をつけろと言われたドラティ、醍醐味NO.1はストコフスキー、総合点ではプレヴィン、ムーティか。。。千秋真一も良かったよ。余談ですが、この「1812年」の【のだめ】の撮影場所は、スロヴァキアのブラティスラヴァにあるレデュタ劇場、外観はスロヴァキア国立劇場です。






2020年4月21日火曜日

チャイコフスキー 交響曲第3番_マゼール

引き籠りが続くといつもにも増して音楽鑑賞がどうしても増えてきます。今日は、めったに聴かないチャイコフスキーの初期交響曲から3番を聴こう。
交響曲第3番ニ長調 OP.23「ポーランド」、マゼール;ウィンフィル(1964年録音)。マゼール30代の時の演奏だ。
3番には、チャイコフスキーの6曲ある交響曲の中で唯一のものが、2つある。1つは、調性が長調であるということ。2つ目は、5楽章あるということ。(スケルツォ2つあるが・・風ともいえるのではずす)
「ポーランド」という標題は、5楽章に「ポロネーズ」のリズムが使われていることから、イギリスで付与されたらしくチャイコフスキーのあずかり知らないことみたいだ。
第3楽章がお気に入りだ。冒頭のフルートから始まりファゴット・ホルン・オーボエと続くなんとも哀愁のある旋律、その後の弦楽の美しさ。5楽章は、冒頭からカッコいい。中間部で主要主題によるフーガが出てきますが、これもお洒落。
壮大なコーダになだれ込み最後は華やかなクライマックスで締めくくられる。
マゼールの演奏は、各楽器のバランスが良く効果的な音の妙を心得ている。テンポの変化は彼ならでは。ウィンフィルによるところも大きいが、よく鳴るオケの響きは満点だ。比較するほど、多くの演奏にありつけない曲あるが、人気のないマゼールであるが、私には明快さ・繊細さの良さは十分発揮されているだろうと思う。<マゼール最後の来日演奏会に行ったのが、ついこのあいだのようです。


2019年3月3日日曜日

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲_フランチェスカッティ

昨日とうってかわって肌寒い雨の「ひな祭り」。書斎に引きこもり。チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35を聴く。ジノ・フランチェスカッティ、ミトロプーロス;ニューヨークフィル(1954年録音)。
『ハート』と名付けられた1727年製のストラディヴァリウスが醸し出す豊潤な慈しみのある音色は、最高音の一音まで美しい。ジノの高音域での独特のヴィブラートが潤いをもたらす。テンポをかなり動かすミトロプーロスの至芸にも50代初頭の脂の乗り切ったジノには容易い。そしてフルパワーのオーケストラにも負けない音場。しかし、ミトロプーロス、1楽章も3楽章も最後は見事にテンポを速めてあくまでもドラマチックに楽曲を構成していきます。
第2楽章、カンツォネッタ アンダンテ。木管群のまろやかな音に続き、ジノの妖艶なヴァイオリン。深く沈みこむような音色が直線的に心に浸みこんでくる。途切れなく始まる第3楽章、民族舞曲トレパークに基づく第1主題のリズムが心を揺さぶる。第2主題の後、わずか緩やかにヴァイオリンが歌う部分が好きだ。主題に戻ってからは、ミトロの一気呵成が待ち構える!第2主題直前の低弦群の音も魅力的。ジノの高音の腕さばきも冴えわたる。書斎でひとりブラボー!!



2017年12月9日土曜日

チャイコフスキー 交響曲第5番_シルヴェストリ

本日は極寒の中、久しぶりのゴルフである。
寒さ対策の準備とともに、気合と入れるため、シルヴェストリ:フィルハーモニア管(1957録音)によるチャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調 Op.64を聴く。
さてこの5番。奇人と呼ばれたシルヴェストリとしては、独特のアーティキレーション、テンポのメリハリやうねりをもつものの、決して奇をてらわぬ構築が魅力だと思っている。
何といっても第2楽章が珠玉。デニス・ブレインによる完璧な音色が光るホルンのソロ。そして中間部に登場するバーナード・ウォルトンによる短調の調べによるクラリネット。ちょっとこの2楽章の右に出るものないか!
2.4楽章に比べ影は薄いが、3楽章のワルツもお気に入り。中間部の木管群の滑らかさ、「運命動機」がコーダ後半でクラリネットとファゴットに静かに登場するところもにくい!
終楽章のシルヴェストリの壮絶な推進力の快速コーダは病みつきだが、冒頭からその予感が始まる。
引き締まったフィルハーモニア管の弦楽群によるセクション、Allegro vivaceからのティンパニの急激なクレッシェンドと撃ち込み、金管群の堂々たるユニゾン。コーダ直前のテンポの劇的変化も魅力だ。良い1曲を聴きました。
さあ、朝風呂は行って、ゴルフ頑張ろう!!



2017年7月8日土曜日

チャイコフスキー「弦楽合奏のためのセレナーデ ハ長調 Op.48」_ショルティ

チャイコフスキー「弦楽合奏のためのセレナーデ ハ長調 Op.48」を聴こう。この曲は、初めて弦楽の虜になった曲である。私の年代的にも勿論カラヤンで聴いたのが始めであるが、「この曲はこんなものではない」と、探しあてた一枚がある。
ショルティ指揮イスラエルフィル(1958年録音)。勿論、今でもこの曲のNo.1である。
ショルティの情緒に溺れない毅然とした構成とイスラエルフィルの弦楽セクションの完璧な美しさ。
以前シーケンサで打ち込みをして<midi>作りに熱中していた時に、購入した楽譜もありました。




2016年12月17日土曜日

チャイコフスキー 交響曲第5番_ケンペン

全集物以外の単独交響曲のCDで2番目に保有数が多いのが、何故か「チャイコフスキーの5番」である。
(1位はブラームスの2番)
今日は、その中からケンペン:アムステルダム・コンセルトヘボウ管を紹介したい。(1951年録音)_<この時代は、アムステルダムでした。ちなみにロイヤルが冠されたのは、1988年です。>
さて、ベイヌムが常任指揮者のころですが、前任のメンゲルベルクの十八番といえば、この5番があるためベイヌムは遠慮したのか、確か録音はないだろうと思われます。

しかし同じオランダ人で、ドイツで活躍していたケンペンが見事な演奏を残してくれていました。
この演奏、メンゲルベルクと同じく、第4楽章の大胆なカットがビックリさせられるでしょう。とにかくケンペンの男気溢れる爽快な5番は他の追随を許さないのでは。
金管群の限界の咆哮、ティンパニーのド迫力、弦楽群のこの時代特有のポルタメント、ピチカートの強めのリズム。第1楽章から圧倒されてしまいます。

第2楽章のアンダンテカンタービレは、重厚な弦楽群の中から浮かび上がるホルン、それを受け継ぐオーボエの音にうっとり。そしてまたトゥッティ部分のトロンボーン、ティンパニーに登場とのメリハリがたまりません。
終楽章の圧巻のコーダ。誰もが指摘するようにまさに重戦車の如く、駆け抜けていく(そのための再現部手前の大胆な100小節超のカット_210~305小節まで)。
そしてメンゲルベルク同様(セルも)の後半部でのシンバル。しかし、1回ではなく2回!!
これは、個人的には貴重な5番の一枚ですね。


2016年11月23日水曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番_モントゥー

今朝の一枚。チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調Op.36。
モントゥー:ボストン交響楽団(1959年録音)にて聴く。
いつも書いているが、モントゥーは、本当に聴きたい楽器の音、こんな音が鳴っているんだという楽器の音を浮かび上がらせてくれる天才だと思う。
モントゥーの4番は、極めて爽快なテンポでありながら、アクセント、強弱、揺れによりドラマチックで骨太の演奏だと感じる。
4番は、もちろん「運命」がテーマに用いられているわけだが、作曲された時期(1877年)に着目しなくてはならない。
露土戦争への突入という時代背景と、チャイコフスキー自身のアントニーナ・ミリュコーヴァとの結婚と早すぎる離婚(わずか2か月)、フォン・メック夫人との出逢い(パトロン:一度も逢っていない膨大な手紙だけの関係)の年である。
そもそも、この4番は「フォン・メック夫人」に捧げられた交響曲であるが、ダモクレスの剣の如く幸福への希望、平和や癒しへの憧れを阻止するかのように立ちはだかる「運命」。それに強靭な意志で抗う姿、怒り哀しみを乗り越えての歓喜を描くとともに、チャイコフスキー自身の憂鬱と酩酊の感情を内包させた曲といえる。
それゆえ、第2楽章を如何に演奏するかは、非常に重い。
モントゥーの感情的にならずに、それでいて音の一つ一つを大事に扱う演奏に、その格調の高さを感じる。
そして終楽章のクライマックへ向けての追い込みも「モントゥー爺さん」のお家芸だ。これは、貴重な一枚である。


2016年7月23日土曜日

クリップスのチャイコフスキー NO.5

今日の一枚。
チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 Op.64 
ヨーゼフ・クリップス:ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。
(1958年録音)
まずは、このジャケットがお洒落で好きです。
当盤には、ロシア的な匂いは微塵もありませんが、オーケストラが非常に綺羅びらかでお気に入りの一枚です。
ウィーンフィルの弦の美しさとホルンの響きを十分に堪能できるところがいいです。
ピチカートに現れる豊かな表情や少しのポルタメントなどウィーンフィルらしさが随所に登場します。
特に第2楽章がいいですネ。
ホルンソロの素朴な音。チェロのまろやかな歌いっぷり。「運命動機」のトロンボーンの割れっぷり。剛と柔の変化。楽しいですネ。
第3楽章のワルツは、まさにウィンナワルツ。弦楽群と木管群との連携も見事。これがお洒落とか粋というやつかな。
フィナーレは、ワザとらしい煽りもなく、雄渾な響きと歌を重視した演奏といえよう。トランペットもホルンの決して高圧的でなく流麗な推進力の中を滔々と燃え上がります。
こんな5番もあっていい。いや、やはり知る人ぞ知る名盤なのだろう。


2016年4月23日土曜日

チャイコフスキー 組曲第4番

今朝の一枚。
あまり聴く機会は無いと思いますが、チャイコフスキーは、4つの管弦楽組曲を残しています。
その中で今日ご紹介したいのは、組曲第4番 ト長調 Op.61 「モーツァルティアーナ」 。全集の演奏は、ドラティー:ニューフィルハーモニー管弦楽団(1966年録音)。
この組曲は、4つの曲で構成されています。
1.ジーグ。。。(ピアノのための小さなジーグ K.574より)
2.メヌエット。。。(メヌエット K.355)
3.祈り。。。(アヴェ・ヴェルムコルプス K.618)
4.主題と変奏曲。。。(グルックの歌劇『メッカの巡礼』:アリア「愚かな民が思うには」の主題による10の変奏曲 K.455)
と、K.618以外は、聴きなれないピアノでの曲が選ばれています。
チャイコフスキーは、スコアの裏面に「モーツァルトの多数の優れた小規模曲は、なぜか一般のみならず音楽家の大部分にもほとんど知られていない。作曲者が「モーツァルティアーナ」と名付けた編曲の組曲は、簡素な形式ではあるが、十分得難い美しさをもったこれら珠玉のような作品が、よりしばしば演奏されるための新しい糸口を与えることを期待するものである」(以上、音楽之友社『作曲家別名曲解説ライブラリー/チャイコフスキー』より引用)と書いているといいます。
チャイコフスキーもやはりも「モーツァルティアン」だったようですね。