2026年3月12日木曜日

ドヴォルザーク 交響曲第5番ヘ長調OP.76_ビエロフラーヴェク

 ドヴォルザーク 交響曲第5番ヘ長調OP.76,B54 、ビエロフラーヴェク(C)BBC交響楽団<2006年録音>にて聴く。ビエロフラーヴェクは、録音された2006年に首席指揮者に就任している。

「ドヴォルザークの『田園』」と呼ばれているように、非常に牧歌的であるが、2楽章のチェロの憂いを帯びた美しい旋律でみられるようにメロディメーカーたるドヴォルザークの哀歌が混在し面白い。スケルツォは、スラブ舞曲風の快活なリズムが印象的。そして終楽章、非常にドラマチックだ。ヘ長調の曲でありながら、イ短調という暗い調性で激しく始まるが、最後は圧倒的なヘ長調の歓喜へと突入して締め括る。


2026年3月3日火曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番&4番_カサドシュ

 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番&4番、カサドシュ(P)、ベイヌム(C)コンセルトヘボウ管弦楽団<1959年3月録音STEREO>を聴く。どうやらベイヌム逝去1が月前の演奏のようだ。

カサドシュのピアノは、あのモーツァルトで見せた珠のようなタッチで面白い。ベイヌムの描く透明度の高い音像、ヘボウ管の柔らかく繊細なサポート。貴重な1枚ですな。


2026年2月26日木曜日

マーラー交響曲第5番嬰ハ短調_レヴァイン

 久しぶりにマーラー交響曲第5番嬰ハ短調 レヴァイン(C)フィラデルフィア管弦楽団 、フランク・ケイドラベック(TP) メイソン・ジョーンズ(HR)<1977年録音>を聴きたくなった。

フィラデルフィア管の圧倒的なサウンドが光り輝き、若き日のレヴァインの緻密さと驀進力を兼ね備えた名盤。
(写真右上)マーラーが夏の休暇を過ごしたオーストリアの避暑地、マイエルニッヒにある作曲小屋。ここで第5交響曲も作曲された。




2026年2月22日日曜日

モーツァルト 交響曲第41番 ハ長調 K. 551『ジュピター』_フリッチャイ

本日よりカミさん実家に帰省につき暫くは一人暮らしとなる。
モーツァルト 交響曲第41番 ハ長調 K. 551『ジュピター』、フェレンツ・フリッチャイ / ウィーン交響楽団(1961年録音)を聴こう。重厚になりすぎず、かといって軽薄でもない、絶妙なバランス。内声部の動きが手に取るようにわかり、ウィーン響特有の柔らかな響きがしなやかな歌心を見せる。第2楽章の深みのある Andante Cantabileは白眉。また、終楽章フーガ、弛緩することなくリズムをたたき出し最後まで突き進むさまは見事。すでに病魔に侵され、死を意識していたフリッチャイの余計なものを纏わず、ロマン的情緒を排した1曲と言えるだろう。


2026年2月20日金曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第23番_ブニアティシヴィリ

 カティア・ブニアティシヴィリ 弾き振り! 『モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番&第23番、ピアノ・ソナタ K.545』(アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ)。またまたH氏より音源を頂いた。

アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズといえば、映画「アマデウス」の音楽も担当していたイギリスの名門室内弦楽団(その時はネビル・マリナー指揮)だ。
23番adagioは、私がモーツァルトを好きになった理由の楽章だが、このadagioは、時代とともにテンポが変化しているので面白い。1940年以降のものしか聴いていないが、ユーディナは極めて遅く、1950年台以降はホロビッツが最も速く、ハスキル、アニーフィッシャー・ハイドシェク・内田光子・グルダもそこそこ速い。1900年台後半で最も遅いのはミケランジェリか若き日のポリーニだろうか。2000年台以降再びadaigioらしい遅さに変化しているのか?知らんけど。ブニアティシヴィリは、きわめて遅い、グリモーの次くらいかもしれない。知らんけど。
カティア・ブニアティシヴィリのモーツァルトは、きわめて「ロマン派的」だ。スリリングでコントラストの強い演奏である。タッチも美しい。古典派のモーツァルトかと言えば・・・でも綺麗なので赦します。知らんけど。


2026年2月16日月曜日

シューベルト 交響曲第5番変ロ長調 D.485_スクロヴァチェフスキ

 シューベルト 交響曲第5番変ロ長調 D.485、スクロヴァチェフスキ(C)ミネアポリス交響楽団(1962年;Mercuryレーベル)

またまたスクロヴァチェフスキだが、Allegroのテンポでどれを聴くか決めているので・・・。「言わずもがな」だが、モーツァルト好きは総じてこの5番が好きなのである。なぜならシューベルトがモーツァルト大好きで作った曲(オマージュ)であることが明白だからだ。この曲の投稿時には何度も書いているかもしれないが、楽器編成、各楽章のテンポを見れば、40番k.550だと見え見えなのだから。Mercuryレーベルによる立体感溢れる録音で、「Mr,S」による各楽器の分離がよくわかり、内声部の動きが手に取るようにわかる。余計な情緒を排除し、正確なテンポによる躍動的な構築美。曲の持つ心地よい旋律と優美な雰囲気をそれとなく醸し出す若き「Mr.S」の見事な古典派としての演奏。


2026年2月14日土曜日

ブルックナー交響曲第6番イ長調_スクロヴァチェフスキ

 ブルックナー交響曲第6番イ長調 WAB.106(原典版)、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団(1997年録音)で聴く。

非常に鮮明な冒頭のバイオリンによる「ブルックナー・リズム」の刻み。確固たる足取りで進む6番にふさわしい明快さ。
2楽章Adagioは、ブルックナー屈指の美しさをもつ。第1第2主題は変に情緒的でなく、第3主題の悲劇性も十分、全体を通して音色は比較的明るめで崇高な響きが伺える。3楽章の白眉は、「ブルックナー休止」後のトリオの重奏ホルンか。その後,交響曲第5番の第1主題があらわれる。終楽章、強い金管群のアクセントと取り巻くしなやかな弦楽群の対比をうまく表現している。優しい第2主題のヴィオラが好きだ。
あまり演奏会などでは登場しない6番だが、7番について好きな曲である。




2026年2月13日金曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458《狩》_グァルネリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑦

弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調 K.458《狩》、グァルネリ弦楽四重奏団(1971-75年ハイドンセットより)を聴こう。<狩>の愛称は、楽譜にある冒頭のファースト・セカンドヴァイオリンの主題が狩猟の際に使われる角笛の響きを連想させることからそう呼ばれるようになった。ゆえに表題的な意味合いも何もない。第2楽章の優雅なメヌエットと対照的なトリオがお気に入り。モーツァルトらしい上品で洗練されたメロディが、4つの楽器の間で受け渡されていく。グァルネリは、その「間」や「呼吸」を大切にしている。トリオでは、第1だけでなく他も美しい旋律を担当しアンサンブルの密度は増してゆく。3楽章、アダージョは、ハイドン・セット全体の中でも特に美しい緩徐楽章だ。変ロ長調から変ホ長調へ移行し、第1は、時に切なく憂いをもち、他は優しく包み込むように和声を支える。第4楽章の軽快さは、ハイドンさながらか。グァルネリ弦楽四重奏団の温かみのあるアンサンブルとしなやかさは、この17番にお似合いだ。



2026年2月4日水曜日

ドヴォルザーク 交響曲第8番_ビエロフラーヴェク

 ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調 Op.88 , B. 163、ビエロフラーヴェク(C)チェコフィルハーモニー(1992年録音)で聴く。

チェコフィルが持つ素朴でシルキーな温かみのある音色(特に木管楽器のさえずりや、厚みのある弦楽器の響き)が最大限に活かす。少々「おとなしい」と感じられることもあるが、ドヴォルザーク特有の郷愁を美しく描き出しているといえよう。
第1楽章(Allegro con brio) 冒頭のチェロによるト短調の主題は、重くなりすぎず、深い呼吸で始まる。木管群は森の中の鳥のさえずりの様に瑞々しさを際立たせる。
第2楽章(Adagio)、冒頭の弦楽の優しさがたまりません。
第3楽章(Allegretto grazioso)、3/8拍子の哀愁のワルツともいうべき独特のリズム、変に甘くなりすぎず気品ある演奏。中間部の民族舞踊風の旋律への移行もスマートにこなす。名手イジー・ミフレの艶やかで温かみのある音色が全体を引き立てる。
第4楽章(Allegro ma non troppo)冒頭のトランペットのファンファーレ、もどとなく優しくそれでいて輝かしく鳴り響く。白眉は、朗々としたチェロの深さからの怒涛の終焉へ向けての高揚感もお見事。首席指揮者就任期間も短いがチェコフィルの良さを最大限に発揮させ、節度と美しさへのこだわりを表現したビエロフラーヴェクに感服。


2026年2月2日月曜日

ブルックナー ラテン語によるモテット集_ラトヴィア放送合唱団

 ブルックナー:ラテン語によるモテット集(ラトヴィア放送合唱団/シグヴァルズ・クラーヴァ<C>)(2020年録音)

先日友人がほかのアルバムを聴いていたので、こちらを聴いてみる。以前にラフマニノフの「晩祷」を聴いたことがあるが、その時、ソプラノの美しさとベースの低音の底力に惹かれていたが、やはりという感じ。リガ大聖堂での録音効果か、残響の多さが相俟ってハーモニーの美しさ、敬虔さを引き立てている気がする。


2026年1月31日土曜日

シベリウス ヴァイオリン協奏曲_クレーカンプ

 シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47 クーレンカンプ:フルトヴェングラー;ベルリンフィル(1943年録音)。この時代にしては、録音も結構いけてる。北欧らしいのかと問われれば、ウーンとなるが、極めてロマンチックな演奏。フルトヴェングラーは、かなり寄り添い型のバックアップでオーケストラは低重心でこの時代の粗削りな面も見せており面白い。カデンツァは、現在一般的に聴かれるのは1905年の改訂版。シベリウスはこの曲の構成上、カデンツァを非常に重視していたため、自ら楽譜に書き込んでいたのでほぼどの演奏も1905年版だろう。ちなみに1903年初稿版はとてつも長く、気が遠くなるほど難しかったので、1905年版で整理されたようです。



2026年1月28日水曜日

ブラームス: ドイツ・レクイエムを聴く 44 _ハーディング

 ブラームス: ドイツ・レクイエムを聴く 44

ダニエル・ハーディング (指揮)クリスティアーネ・カルク (ソプラノ)マティアス・ゲルネ (バリトン)、スウェーデン放送交響楽団
スウェーデン放送合唱団 (合唱指揮 : マルク・コロヴィッチ)=2018年:ベルワルトホール (ストックホルム)を聴く。
この独唱者、合唱団!!悪かろうはずがない。
第1曲冒頭、変に重くならずも、厳格でありながら清涼な響きのコーラス陣は雲間に光が差し込むごときのスタート。テンポは比較的遅めでコーラス重視の抑制のきいた音量配慮がうかがえる。
第2曲、長調へ転じた部分のコーラス陣の柔らかさは聴きものだ。悲痛な空気を吹き払う「Aber des Herrn・・・」さすが、スウェーデン放送合唱団!!一糸乱れぬ呼吸でいとも簡単に決めている。アレグロ以降も変に威力を誇示しないテノールの巧さよ。
第3曲、ゲルネの深い低音にはほれぼれする。答えの得られないモノローグの表現もさすがだ。フーガ部分は、少し推進力にゆるみが出てしまったのは残念。
第4曲、この清涼剤的な役割を果たす曲におけるコーラスのハーモニーの美しさ、柔らかさは素晴らしい。
第5曲、カルクのソロは、リリック・ソプラノの代表らしく清楚な声質、憂い、伸びやかさ、さすがです。
第6曲、大フーガ直前の勝手に七色のハーモニーと呼んでいるクライマックスは圧巻だ!大フーガのアルトの入りも安定、テノールに力みもなく良き。質の高いコーラス群の圧倒的な賛歌。
第7曲、祝福と慰めの旋律。テンポはもう少しゆったりとして欲しかった。合唱とオーボエの謡い合いは美しい。




2026年1月25日日曜日

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番_グリュミオー

 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.28 グリュミオー(Vn)ハイティンク:コンセルトヘボ管弦楽団(1962年録音)で聴く。グリュミオーはこの曲を3度録音しているが、これは真ん中の2度目のもの。ちなみに1回目→パウムガルトナー指揮、ウィーン交響楽団(1950年)3回目→ワルベルク指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1973年)である。低中音から高音域に至るまで隙なしのグリュミオーならではの美音と丁寧なビブラート、ヘボウ管のこの時代の弦楽、木管の柔らかな音色を聴くことが出来る。



2026年1月24日土曜日

メンデルスゾーン 交響曲第1番_ハイティンク

 メンデルスゾーン 交響曲第1番ハ短調Op.11、ハイティンク(C)ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(1978年録音)で聴く。

一番好きなのは、第3楽章だ。 メヌエット:アレグロ・モルト - トリオ、4分の3拍子でなく変則的な4分の6拍子だ。そしてこの4分の6拍子好きなのさ。ブラームス3番の第1楽章、シベリウス2番の第1楽章、リスト愛の夢3番、バッハ平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第4番 の前奏曲などなど。脱線してしまったが、いずれにしてもこの交響曲が15歳の時に作られたことに驚かされる。


2026年1月20日火曜日

ワーグナー 歌劇「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」_コンヴィチュニー

 ワーグナー 歌劇「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」ドレスデン版、フランツ・コンヴィチュニー指揮 シュターツカペレ・ベルリン/ベルリン国立歌劇場合唱団、 ハンス・ホップ(タンホイザー)ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ヴォルフラム)エリーザベト・グリュンマー(エリーザベト)マリアンネ・シェヒ(ヴェーヌス)ゴットロープ・フリック(領主ヘルマン)フリッツ・ヴンダーリヒ(ヴァルター)ゲルハルト・ウンガー(ハインリヒ)(1960年録音/EMI盤<西独エレクトローラ社・東独エテルナ共同制作>:ベルリン、グリューネヴァルト教会)を聴いている。「タンホイザーー・・」には、ドレスデン版・ウィーン版・パリ版とあるのです。ベルリンの壁が作られる前で、東西の歌手が入り乱れての録音は興味深いです。



2026年1月15日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第18番_ジュリアード弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑥ 

弦楽四重奏曲第18番イ長調 K.464、ジュリアード弦楽四重奏団(1962年録音)。「ハイドンセット」5曲目。18番は、有名な「狩り」「不協和音」に挟まれた地味な印象を受ける曲だが、最も哲学的であり、如何にもベートーヴェンが好みそうな瞑想かつ内省身を帯びたとんでも曲である。実際、ベートヴェンが最も感銘と影響を受けた曲であった。
第2楽章、メヌエットは、単なる舞曲に留まらず、三拍子の中に短い不協和や対位が差し込まれたりします。またTrioではお得意の色彩的に暗転する部分や和声の微妙な移り変わりが施され、表情の変化を楽しめます。第3楽章アンダンテカンタービレは、変奏曲で低弦を中心にした陰影の深い変奏を、第一ヴァイオリンが叙情的に歌う変奏を、対位法的展開による変化をと各声部の性格を如実に表現します。この曲は情緒に流されすぎず、音楽の骨格をしっかりと味うには、ジュリアードは最適かも知れません。


2026年1月12日月曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番_ハイティンク

 チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調OP.36 ハイティンク(C)コンセルトヘボウ管弦楽団(1978年録音)で聴く。劇的なカタルシスや「爆演」をお好みの方は無視してください。「大人じゃん」のオーケストラーの質の高さと統一感をまとった極上の演奏かと。「コンセルトヘボウの奇跡」と呼ばれた木管群の品格、特に第2楽章冒頭のハンス・マイヤーのオーボエ、グッときます。第3楽章のピッツィカート演奏の巧さも必聴!



2026年1月11日日曜日

ショパン ピアノ協奏曲第1番_ポリーニ

 ショパン ピアノ協奏曲第1番ホ短調OP.11 ポリーニ;クレツキ+フィルハーモニア管弦楽団(1960年録音)ポリーニ18歳、ショパンコンクール優勝直後の録音、を聴こうか。ちょうど生まれた年の録音であるのが郷愁を余計に誘うが、ど素人からしてもやはりポリーニは凄いなと思う。此れ聴いてからは、しばらくは他のものは聴かない時期がありました。



2026年1月2日金曜日

ブラームス 交響曲第1番_ミュンシュ

 今年も新年一発目は、ブラームス交響曲第1番ハ短調Op.68。かのパリ管ではなく、ミュンシュ(C)ボストン交響楽団(1956年録音)で。男気溢れるミュンシュのストレートな熱気ある演奏。新年にふさわしいボストン管の金管群に拍手!



2025年12月30日火曜日

ドヴォルザーク 交響曲第6番_ケルテス

ドヴォルザーク 交響曲第6番ニ長調Op.60B.112 ケルテス(C)ロンドン交響楽団(1965年録音)にて聴く。ドヴォの交響曲1-6番ってめったに聴かないから、年末に聴いてみる。ブラームスはドヴォルザークが国際的な名声を上げていくいわば恩人である。この6番はブラ2っぽさをよく取り入れているのは有名だ。そもそも二長調だから、その気満々だ(ドヴォの交響曲唯一のニ長調)あっここ!ここも!ってな具合だ。特に第4楽章は何をかいわんやレベル。(知らない方は1回聴いてもらいたいくらいだ)第2楽章の優しい雰囲気は、メロディメーカーたるドヴォの真骨頂、そして第3楽章スケルツォいや「フリアント」(2拍子×3」の後に「3拍子×2」)がドヴォらしい民族的な要素を際立たせる激しさを纏った民族舞曲だ。7-9番に隠れてしまっているが、ドヴォらしさを感じる名曲だ。




2025年12月28日日曜日

シューベルト 交響曲第3番_マルケビッチ

 シューベルト 交響曲第3番ニ長調D.200:奇才マルケビッチ(C)ベルリンフィル(1954年mono録音)で聴く。シューベルト18歳の時の作品。「野ばら」や「魔王」と同じ年に書かれたもの。

この初期の小交響曲をマルケビッチは4回(ベルリンRIAS響<1953>・ベルリンフィル<1954>・ソヴィエト国立響<1963>・ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管<1967>)も録音している。他に類を見ないのでないかと思う。弦楽器が刻むリズムの上で、木管楽器が独奏楽器のようにメロディを歌い継いでいくのが面白い。第2楽章は、ハイドンやモーツァルトの影響を色濃く受けている。第3楽章のトリオでの、オーボエとファゴットによる民謡風の旋律は素敵です。終楽章プレストでの木管群のタンギングの技の巧拙とスピード感が見ものです。


2025年12月26日金曜日

モーツアルト ピアノ協奏曲第23番_ポリーニ

モーツアルト ピアノ協奏曲第23番イ短調 K.488、ポリーニ(P)ベーム:ウィフィルハーモニー(1976年録音)にて聴く。
ポリーニ 34歳の時のベームとの競演だ。
さて、K.488は、オーボエを外してクラリネットを加えた編成なのが特徴だ。K.488がイ長調なのはうなづけよう。第1楽章、清涼な朝の風のようなメロディ。主題を繰り返すピアノが登場してもその爽やかさは失われない。しかしいつしかモーツァルトお得意の短調に支配され再現部まで続く。カデンツァはモーツァルトのもの。緩徐楽章は、あまりにも悲しい。ピアノのモノローグを受けたクラリネットの高音の悲痛な叫び!ここにモーツアルトの神髄を垣間見ることができよう。終楽章は、うって変わって明るく快活だ。軽快に踊るピアノ、ファゴットとクラリネットがしっかりと味付け。ではあの緩徐楽章のメロディは一体何だったのだろう。と誰もが感じるだろう。ポリーニのピアノは円やかな響きで、躍動感をわざと抑え込んだ演奏。この曲のイメージにはよく合う。ピアノの硬質な響きの場面では、管弦楽がふんわりと包み込むのも良き。やはりこの演奏は23番でお気に入りの1つである。



2025年12月21日日曜日

ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番_アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース

 ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番、アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース にて聴く。(1966年録音)。ウィリアム プリースはあのジャクリーヌ・デュ・プレの先生ですね。もちろん、1番第2楽章があまりにも有名であるが、1番第1楽章がお気に入りだ。シューマンほどではないが、甘さを吹き込んだメロディ、心の揺さぶり具合があの渋顔のブラームス似つかわしく、思わず笑みが零れる。



2025年12月18日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 _エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465《不協和音》。ハイドンセット6曲目、エマーソン弦楽四重奏団(1988-1991年録音)で聴く。第19番は、画像にある冒頭アダージョ序奏(22小節)の独特な不協和音から《不協和音》と呼ばれる。 チェロが刻む「C」の音に対し、他の楽器が半音階的に重なることで不協和音が生まれる。しかし安心してください。アレグロの開始とともに明るく曇りないハ長調にしっかり着地するのだから。エマーソンは、精緻なアンサンブル、クリア・明晰な音により表現がとてもスリリングだ。



2025年12月16日火曜日

レスピーギ ローマの祭り_ムーティ

最近、レスピーギにハマっている友人がいるので、流れで聴いてみる。ローマ三部作から選んだのは、順番も3番目で多分視聴も3番目に選ばれるであろう「祭り」。ところで画像を作成するにあたりレスピーギの写真初めて見た。こんな顔してるんやと思った。なんか<グスターボ・ドゥダメル>似てるなぁ。。。。。。さて、選んだのは、ムーティ;フィラデルフィア管(1974年録音)。まさにムーティ;フィラの絶頂期の演奏だ。ゴージャス金管に耳が行きがちだが、それだけではない、弦楽群の巧さよ!いち推しの名盤だ。いや、今日はそんな話ではない。「ローマの祭り」1曲目<チルチェンセス>についてだ。日本人からして「祭り」の語感からくるニュアンスにしては、何かおかしいなと感じなかっただろうか。その違和感は内容にある。ファンファーレは、「皇帝ネロ万歳!!」であり、トロンボーン・チューバのスタッカートでライオンが檻から放たれる!野獣の咆哮が大気に漂い、群集は高揚しまくり。やがてキリスト教徒たちの祈りの中、惨劇が繰り広げられ静かに消えてゆく。あな恐ろしい、ローマの「パンと見世物」と呼ばれる政策の中、皇帝ネロが自らの出火を疑われ、それをかき消すために濡れ衣を当時、異教徒であったキリスト教信者に着せ、囚人として競技場で飢えたライオンに食わせる「見世物」とした、そんな曲だからだ。チルチェンセスというのは、アヴェ・ネローネ祭(ネロ万歳祭り)なのだ。違和感の要因がお判りいただけただろうか。ちなみに往時キリスト教徒を一番惨殺したのは、ネロではなく、ガイウス・アウレリウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌスである。