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2026年10月7日水曜日

シューマン 交響曲第2番_レヴァイン

レヴァイン;フィラデルフィア管のシューマン交響曲全集より交響曲2番ハ長調Op.61を聴く。(1977年録音:Scottish Rite Cathedral)レヴァイン34歳の1回目の録音(2回目はBPO)である。若きレヴァインの推進力と、フィラデルフィア管の豪華な音響が結合した、非常にアメリカ的なシューマン。

この曲において、フィラデルフィア管の弦楽群の柔らかいのに芯がある音色が推進力をつけている。Adagioにおいて、第1楽章、第2楽章であれほど動き続けた音楽が、突然、時間そのものが止まったようになる。しかしレヴァインは決して泣かない!そして旋律を歌わせながら、決して停滞させない。

明晰な構造+強烈な生命力+豪華な音響、若きレヴァインとフィラデルフィア管の為せる技か。

adagioの、アンソニー・ジリオッティのクラリネット!!好きです。



2026年8月25日火曜日

シューマン 交響曲第4番_サヴァリッシュ

 シューマン 交響曲第4番ニ短調OP.120、サヴァリッシュ(C)Staatskapelle Dresden<1972年録音>を聴こう。

4番は、ご存じ実際は2番目に作曲されたものである(1841年版)が,10年後の1851年に大幅な改訂を経て出されているので4番(1851年版)となっている。こちらもそうだが、大半がこの1851年版にて演奏・録音されている。1841年版は、ピリオド演奏が流行しだして少しずつ増えている。アーノンクールやガーディナー、ノリントンなどである。ちなみに、ガーディナーはLSOでモダンも録音している。サヴァリッシュもウィーン交響楽団と演奏した1841年版の録音があるらしいが、私は知らない。

(画像の教会は、録音がなされたドレスデン:ルカ教会である)

サヴァリッシュ盤は、「ドイツ・ロマン派の濃厚な情感を保ちつつ、決して重くはない。構築性と激情が絶妙に両立した4番」といえよう。この時代のSDKには、暗い、柔らかい、少し燻したような弦の音がある。これが、4番にマッチしている。2楽章、クルト・マーンのオーボエがいい。オーケストラの中に溶け込みながら、そこだけ色彩を変える音。ヴァイオリンソロは、おそらくペーター・ミリング。弦楽群の中から、独奏然としておらず一本のヴァイオリンがすっと浮かび上がる感じが憎い。

真骨頂は、終楽章だ。シューマンの指示はLangsam – Lebhaft – Schneller – Presto。すなわち遅い → 生き生きと → さらに速く → Prestoと段階的に音楽を加速させる。少しずつエンジンをかいてんさせ、自然と突き進んでいく、不可逆的な推進力がサヴァリッシュの魅力だ。SKDの音色とサヴァリッシュの構築力が結実した名盤としたい。



2026年3月15日日曜日

シューマン 交響曲第2番 _アンセルメ

シューマン:交響曲第2番 ハ長調 OP.61、エルネスト・アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団 (録音:1965年4月<Decca>)にて聴く。                  

各楽器の個性を際立たせるアーティキュレーション、モダンで明晰な演奏といえよ   う。ゲルマン的かといえば、真逆であるのは当然と言えば当然か。特にこの2番ではトロンボーンとオーボエに着目してみた。シャポ率いるトロンボーン軍団は、極めて磨 き抜かれた真鍮の輝きを放つ。獺祭 でいえば、「二割三分」の超高精米。それが気品 ある輝きを放つ。リヴィエのオーボエは、旋律の輪郭が非常に鋭く、決して背景に埋 もれない。そしてアダージョのソロは、過度な感傷を排し、純度の高い謡い方で、悲 哀ではなく、高貴な寂寥感を感じさせる。リヴィエのオーボエやペパンのフルートが 持つ「細身で鮮やかな音」に対し、金管が「硬質で鋭い音」を重ねることで、オーケ ストラ全体の響きが多層的なパノラマのように広がる。オーケストラの「分離の良さ」 はDeccaの録音に支えられ、アンセルメが構築した音楽を見事に再現しているといえるだろう。


2025年12月9日火曜日

シューマン 交響曲第3番_ミトロプーロス

シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」,ミトロプーロス(C)ミネアポリス響<1947年録音;mono)にて聴く。

第1楽章冒頭、ラインのさざ波を感じさせるテンポで良し。第2主題で大きくテンポを落とし、ロマンティックな表現を織り込む。展開部前のパウゼ、デクレッシェンドなど溜めや息遣いを漂わせる棒さばきはミトロの為せる技か。めちゃくちゃ音は悪いがつい最後まで聴いてしまう。第2楽章は、史上最速!ミトロは「レントラー」ではなく「スケルツォ」として、こう来るか!と思う。4楽章、荘重さを意識し低重心な展開。テンポもこの章だけは中庸。ラストは思い切り粘りを見せるもわざとらしくはない。終楽章、やや速いテンポに。明確に弾むように波立つデュッセルドルフのカーニバル。良いものを聴かせてもらいました。 



2025年11月10日月曜日

シューマン 交響曲第2番_カザルス

 シューマン 交響曲第2番ハ長調Op.61 カザルス、マルボロマルボロ祝祭管弦楽団(1970年ライブ録音)で聴く。この曲を愛してやまないカザルス94歳の時の演奏。



2024年6月2日日曜日

シューマン 交響曲第4番_テンシュテット

 夕方より、雨模様で雷まで鳴りだしたので、何となくシューマン 交響曲第4番ニ短調OP.120、 テンシュテット:BPO(1980年)にて聴く。テンシュテットを持ってしても1980年代のベルリン・フィルのカラヤン化された弦楽の響きは如何ともしがたしか。しかし、失われていない低弦の深みを活かしての得意の重戦車風の推進力、管楽群のエネルギー爆発させ能力を発揮しての音楽づくりは流石だ。それにしてもこの4番にカラヤン・レガートは邪魔だ。



2024年3月10日日曜日

シューマン ピアノ協奏曲_カッチェン

 シューマン ピアノ協奏曲イ短調OP.54,カッチェン;ケルテス<イスラエル・フィル><1962年録音>にて聴く。奇しくも40代前半で命を落とした2人の演奏。冒頭のカッチェンの決然さに応えるケルテス。続く第一主題では、さほど甘くないオーボエの主題を受けるカッチェンのピアノが、ロマンの香気とメランコリーの息吹を吹き込む。この第一主題はダーヴィト同盟員としてのクララの名前である「キアリーナ Chiarina」の綴りを音名変換(CーHーAーA)で有名だ。カデンツァのカッチェのピアノは、重ねられた和音の豊かな音色を余すことなく表現し、トリルを伴った繊細で儚い響きもお茶の子さいさい。緩徐楽章では、イスラエル・フィルの極上の弦楽群(チェロ)を堪能できる他、伴奏に廻ったカッチェンの優しい響きを相伴に預かる事ができる。終楽章、カッチェンの軽やかな指の鍵盤の行き来が見えるようだ。煌めくようなピアノの旋律、満を持してのオーケストラの絡み合い。激しさの中でも透明感を失わないカッチェンの珠玉の一枚です。




2024年1月19日金曜日

シューマン 交響曲第3番「ライン」_コンヴィチュニー

 有給休暇につき、シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」,コンヴィチュニー:LGO<1960年録音>にて聴いてます。

そういえば、先週の日曜劇場「さよならマエストロ」の主題曲、予告編からこの「ライン」かと思っていましたが違いました。
挿入曲も当該ドラマではあまりクラシック音楽は使用されてませんでした。残念!!
ちなみに、この「ライン」以外では、
ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「狩り」、
バグリー:行進曲「国民の象徴」
ベートーベン:交響曲第5番「運命」のみ。
いずれも演奏として登場しただけでした。
さて、コンヴィチュニー:LGOの「ライン」ですが、くすんだ弦楽群、ホルンも古色騒然、これこそがこの曲のイメージの音。どこかの帝王みたいにピッチをギリギリまで上げて、大吟醸なみに磨いてしまうと良さが損なわれてしまんですわ。そしてスーパーインテンポな堂々たるコンヴィチュニーの凄み。重厚にして壮大。仄暗く底光りのする渋いオーケストラの響き。好きです。




2023年12月16日土曜日

シューマン 交響曲第3番「ライン」_サヴァリッシュ

 シューマン 交響曲第3番変ホ長調OP.97「ライン」、サヴァリッシュ、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(1973年録音)にて聴く。

N響アワーのOpening曲としても使われた(2008-12年)第1楽章は、逆巻くローレライの川浪を思わせる。とにかくこの時代の「SKD」は素晴らしい。シルキーな弦楽群、「ライン」に欠かせないペーター・ダム率いるホルン群、ゾンダーマンの乾いてメリハリの効いたティンパニー。木管群の豊かな響き。そしてサバリッシュの清冽な音楽性が躍動感の中に筋肉質なオーケストレーションを生み出す。決してマーラー編でなくても完成度の高い演奏だ。4楽章、調記号は変ホ長調でありながら「変ホ短調」の荘厳なコーラル。バッハの平均律クラヴィア第1巻:第24番 ロ短調 BWV.869の旋律。ここが「ライン」の真骨頂。SKDの低弦群のなんと重厚感のある音色。さあ、フィナーレへ向け、ケルン大聖堂の鐘が「変ホ短調」で響く。1拍遅れのホルンがこだまのようにFp。押しも押されぬ名盤であります。



2021年2月23日火曜日

シューマン ピアノ協奏曲_バイロン・ジャニス

 バイロン・ジャニスと言えばラフマニノフ3番の脅威的な疾走。そのすご技は、アルゲリッチやカッチェンをも凌ぐ。なんせ、ホロビッツが自ら弟子に誘った唯一のヴィルトゥオーソ。しかし、今日は、シューマン ピアノ協奏曲イ短調Op.54を聴く。共演は、Ms.Sことスクロヴァチェフスキ、ミネアポリス交響楽団。(1962年録音)マーキュリーレーベルにて、鮮明さは時代を感じさせずやはり素晴らしい。冒頭の有名な「雪崩式ブレンバスター」は、ピアノ・オケともに極めて明確に力強く。第1主題のオーボエも変わらぬ力感をもち哀切というよりも苦悩を感じさせる響き。しかしジャニスのピアノが主題を引き継ぐとそこに憂いが生まれる。その意外な抒情的なタッチに思わず引き込まれる。アルペジオの上手さは流石。ジャニスのピアノは、どの音も一つずつ輝いている。第2楽章、Intermezzo にふさわしい愛らしい主題。オケとの掛け合い、中間部のチェロとの見事なロマンチシズムを奏でる。第3楽章、軽く弾むようなメロディ。ピアノの波打つようなパッセージと、それを彩るオーケストラが絡み合いながら、勢いよく進んでいく。(ある時はピアノのに対し、オケはヘミオラで掛け合いながら)技巧的なパッセージでは、ジャニスのセンスが冴えわる。スクロヴァチェフスキは、ジャニスの良さを十二分に引き出すメリハリの利いた骨太の構築、そして、ジャニスの鍵打に負けない厚みのある絢爛なオケぶりを披露。スカッとする演奏です。



2020年12月7日月曜日

シューマン 交響曲第4番_ボールト

 シューマン 交響曲第4番ニ短調Op.120。エードリアン・ボールト;ロンドンフィルハーモニー(1956年録音)で聴こう。

何と情熱的なことか。冒頭から少し早めのテンポでぐいぐい進んでゆく。低弦を効かせ濃厚な味付け。ロンドンフィルの金管群のバリバリ感も常に強いエネルギーを維持し続ける。
第3楽章は圧巻。コントラバスが主役の重量級のスケルツォ。フィナーレの熱き序奏も、第1主題の決然さも魅力的だ。終始重量級のオーケストレーションの中、快速で進んでいく小気味よさ。ボールトの男気が前面に出た演奏だ。

2020年7月18日土曜日

シューマン 交響曲第3番「ライン」_ジュリーニ



シューマン 交響曲第3番変ホ長調「ライン」、ジュリーニ:フィルハーモニー管弦楽団(1958年録音)にて聴こう。ご存じジュリーニのシューマン交響曲は「ライン」の録音しか見当たらない。「ライン」のジュリーニと言えば、「ロスフィル版1980年録音」が名盤として名高いが、私はこちらがお気に入りだ。しょっぱなから44歳の<男気>ジュリーニの颯爽とした音作りで幕開けする。ジュリーニはすでにフィルハーモニー版で、「マーラー改訂版」の採用による分厚いオーケストレーションを実現している。男ジュリーニのキビキビさ、金管の強奏・ティンパニーの迫力による躍動感、奔流のような推進力。と思いきやこれぞジュリーニを感じさせる感情移入に寄らない気高い旋律の歌いまわし、清冽なカンタービレ。すでにジュリーニはジュリーニだ。特に肝となる第4楽章の重層感は最高。そして2年前にデニス・ブレインは去っているのに、この時代のフィルハーモニー管のホルンは抜群に味があることも付け加えておきたい。

2020年5月26日火曜日

シューマン ピアノ協奏曲_リパッティ

シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 op.5を聴く。
この曲の愛聴盤は、ルプー、プレヴィン+ロンドン交響楽団。
しかし、今日は原点と言うべき一枚。リパッティ、アンセルメ+スイスロマンド管弦楽団(1950年2月ライブ録音)を久しぶりに聴こう。もっとも定番なのは48年のカラヤンとの共演だが、その評判には首をかしげなくてはならなかった。このライブ録音が残っていたおかげで、たとえ録音が悪くともリパッティの本当の凄みを知ることができた一枚である。もちろん、前日には40度の高熱があり、医師が止めるのも聴かず行った演奏会ということもあるだろう。しかし、いささかもそんな苦痛を感じさせない演奏だ。何気ないフレージングで見せる悲哀、情熱、硬質なピアノタッチの奥に見せる抒情。アンセルメは、リパッティの如何なるフレージングにも素早く対応する。これを寄り添うというのであろう。
魂を揺さぶる演奏とはまさにこのようなものなのだろう。


2020年4月30日木曜日

シューマン 交響曲第1番(初稿)_スウィトナー



今日は、シューマン 交響曲第1番変ロ長調 Op.38 「春」,スイトナー、ベルリン・シュターツカペレ【1986年録音】にて聴こう。この演奏は、改訂版(1953年)と異なり、1841年3月31日、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演された初稿(自筆譜)版によるもので史上はじめて録音されたれものだ。
改訂版との違いは、第1楽章、序奏のボルンとトランペットのファンファーレが3度低いことや展開部が管楽群だけで登場したり、第2主題が何故か短調へ導かれたりします。終結部でもファンファーレが装飾音的に吹かれたりしながら、非常に短く終わりを告げます。
第2楽章は、それほど違いはないかな。低音の対旋律がずっと鳴ってるとか、メロディがオクターブ下で奏される程度。
第3楽章は、スケルツォの第2トリオがまんまないという不思議な構成です。しかし第1トリオで繰り返し2回目でホルンが対旋律で登場する。
終楽章は、序奏後フルートソロがいち早く登場することかな、トロンボーンも何らやおかしいなぁ。他にもあるだろうが、楽譜もないのでこれ以上は素人にはわからない。
いずれにしても、少し翳りを持つ「春」といった感じ。今年の「春」にはいいのかもしれない。
第2楽章のメロディはたおやかで美しい、第3楽章は、主題のリズムの刻みが恰好良すぎて好きだ。スイトナーは少し遅いテンポだが、これは好みかもしれない。あまり速いのもどうかと思う。(クーベリックは死ぬほど早いが)

2020年4月28日火曜日

シューマン 交響曲第3番_クーベリック

クーベリック、バイエルン放送交響楽団(1979年録音)にてシューマン 交響曲第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」 を聴く。
3番は、実質4番目(最後)の交響曲。「ライン」の副題は、シューマン自身が付けたものではないが、シューマンがライン川の川下りやそれを取り巻く環境に大いに触発されのは間違いない。
第1楽章(ローレライ)、ローレライ付近は、河の流れが速く航行の難所。N響アワーのOpening曲としても使われまた。
第2楽章(コブレンツからボン)、
第3楽章(ボンからケルン)、
第4楽章(ケルンの大聖堂)、
第5楽章(デュッセルドルフのカーニヴァル)
という感じ。
さて、第1楽章、クーベリックのテンポは、極めて良きかな。速くても遅くても気に入らない、岩々を抜けながらも滔々と流れる印象付が必要だからだ。第2主題のオーボエとクラリネット、そしてフルートが奏でるほの暗い旋律が何を意味しているのかいまだに分からないが、その後の谷間に吹き渡るようなホルンの音色に救われる。クーベリックは、メリハリが良くシューマンの奥底にある苦悩を吹き飛ばすような爽やかな推進力で堂々たるライン川の幕開けといった印象である。
第2楽章、ヴィオラ、チェロ、ファゴットで始まるレントラーの舞曲。展開部の駆けあがるホルンがカッコいい。クーベリックは、我々が思っているよりラインは逆巻く川だと捉えていると思う。
第3楽章、ここでは、金管群は沈黙。バイエルンの明るく円やかな弦楽群を堪能しよう。
第4楽章、ご存じ調性表記はホ長調だが、実際はホ短調。全体からして異質な楽章であるが、ホルン好きには堪らない。そして初めてアルトトロンボーンが登場。なるほど、それでE♭か。私のイメージは荘厳というより敬虔。この章では、バイエルン弦楽群の低弦の魅力が十分に発揮されている。
第5楽章、文字通り金管のファンファーレを伴い祝祭的な雰囲気。クーベリックは、テンポをかなり揺らすが、金管群をキッチリと制御し、端正な形でこの曲を締めくくる。
「大人じゃん!」。



2018年3月25日日曜日

シューマン 交響曲第1番「春」_バーンスタイン

レニー ニューヨークフィル(1960年録音)で、シューマン 交響曲第1番変ロ長調 Op.38「春」を聴く。
レニー42歳の溌剌とした演奏がこのシンフォニーにマッチしている。
第1楽章序奏部冒頭のトランペット・ホルンによるファンファーレはたっぷりとゆっくり目で始まる。主部が始まると一気に飛び跳ねるような軽やかさ。ティンパニーの少し乾いた打撃も心地よい。小気味よい爽快感と迸るエネルギーを感じる演奏だ。第2楽章は、弦楽の美しい旋律。レニーの独特の抑揚とテンポの揺れで感情の高まりが表現されていく。
終楽章、生き生きとしたコデッタ、終盤コーダ部のストリンジェンド的なアッチェランドもレニーらしさをまざまざと見せつけてくれる。爽やかで面白い演奏だ。SONYの録音も素晴らしい。


2017年4月22日土曜日

シューマン 交響曲第2番_シノーポリ

シューマン 交響曲第2番 ハ長調 Op.61を聴く。4番が一番好きなはずなのに、2番目に好きな2番を何故か一番聴いている気がする。
今日は、シノーポリ指揮ウィーンフィル(1983年録音)で。シノーポリは、この後、シュターツカペレ・ドレスデンと全集を録っており、勿論保有していますが、今日はVPOで。
精神障害に悩まされていた1845-46年の作品で、「頭の中でハ長調のトランペットが響いている」とシューマンが言った幻聴の<トランペットのモットー主題>からスタート。
何といっても第3楽章アダージョのやるせなさ、憂いに満ちたメロディは最美といってよいだろう。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが非常に高い音へ昇っていってトリルになるところなど、何度聞いても脳が鷲摑みされてしまう。この楽章は、単に美しいだけでなく、になやら「彼岸」への静かな到達のようなものを感じるのだ。シノーポリは、この演奏をするにあたり、「シューマンの正気と病魔について」というノートを書いている。彼は、パドヴァ大学で心理学と脳外科を学んでおり、楽曲と病気の回復過程を記載しているのも面白い。
この2番は、シノーポリにとってはずせない1曲かもしれない。

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2016年8月7日日曜日

クーベリック:バイエルンのシューマン交響曲第2番

おはようございます。今日も暑くなりそうです。
さて、今朝の一枚は、シューマン 交響曲全集から
「交響曲第2番 ハ長調 Op.61」を。
クーベリック:バイエルン放送交響楽団(1979年録音)で。
クーベリックは、遡ること1963-4年にベルリンフィルとベルリン:イエス・キリスト教会で全集を録音していますが、今回は、当時のクーベリックの手兵「BRSO」です。
シューマンのシンフォニーの中で一番地味で人気薄の2番であるが、私はこれがめっぽう好きである。特に第3楽章Adaijoは繰り返し聴いてしまうほどだ。
バイエルン盤は、BPOに比べ、暖かみのある音色で2番に合っていると思う。
第1楽章冒頭の控えめなホルン・トロンボーンの響きの中、静かに目覚める朝のドイツの森を思わせる奥深さ弦楽群が奏でる序奏部。
コントラバスの左手よりの響きも心地よい。
第3楽章Adaijo cantabile 40代の頃は、感情むき出しの演奏が好みだったような気がするが、今は少し違う。自然な流れでただひたすらに美しい、そんな演奏がクーベリック:バイエルンにはある。


2016年7月15日金曜日

ひとりシューマン シンフォニー・チクルス



今夜は、ひとりシューマン シンフォニー・チクルス。
これぞ名全集と呼びたいサバリッシュ:シュターツカペレ・ドレスデン(1972年:ドレスデン ルカ教会での録音)。言わずと知れた、ペーターダムのホルンの響き、ゾンダーマンのティンパニーの好打撃。ルカ教会の残響。端麗にして芳醇なサバリッシュの構築力。シュターツカペレ・ドレスデンの低重心の弦楽群と彩のある管楽器群は、抜群だ!
そういえばザンデルリンクとブラームス交響曲全集を録音したのとほぼ同時期なんだなぁ。納得!!
1曲1曲は、名盤と呼ばれる演奏が存在するが、シューマンを通して聴くなら、やはりこのサバリッシュ:シュターツカペレ・ドレスデンかコンヴィチュニー:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管ではないだろうか。

2016年6月4日土曜日

シューマン ヴァイオリン・ソナタ

今日の一枚。土曜の夜だというのに「シューマン ヴァイオリンソナタ」なんぞを聴いております。暗すぎませんか。
クリスティアン・テツラフ(Vn)・ラルス・フォークト(P)のコンビです。<2011-12年録音>
シューマンのヴァイオリンソナタは3曲ありますが、やはり2番がお気に入りでしょうか。
生き生きと(ウン・ポコ・レントーアニマート)という指示とは裏腹に、決然とした重和音の連打で始まる序奏にいきなり心を抉られてしまいそうです。失意と孤独感を思わせる悲しいヴァイオリンの調べにピアノが優しく寄り添う。その先に時折見せる情熱の迸り。ロマンチックでありながら、激情的なメロディーこそシューマンの真骨頂でしょうか。この曲は、第3楽章に、J.S.バッハのコラール「深き苦しみの淵からわれ汝を呼ぶ」に基づく主題がピッツィカートのソロで奏されています。