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2026年10月20日火曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第8番_アマデウス弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑯

弦楽四重奏曲第8番ヘ長調 K. 168。アマデウス弦楽四重奏団(1976年録音)「ウィーン四重奏曲」の1曲目です。この時期(17歳)すでにモーツァルトは、対位法、短調の表現力、そして単に楽しませるのではなく何かを証明するかのような終楽章へと重心が移っている。とりわけ緩徐楽章(2)は、凝縮されたヘ短調への転回により、表現領域格段に引き上げている。また、3拍子のカノンとして楽章を構成しており重大でありながらかくも切実な抒情を見せつけるモーツァルトの非凡さがうかがえる。終楽章、モーツァルトは軽快なロンドではなくフーガを選んでいる。ハイドンの四重奏曲にも見られる「対位法的終曲」への同時代的な関心に連なり、「学識ある」様式を機動力のある室内楽へ織り込んでいる。ある意味模倣的な要素が多分にあるが、モーツァルトが階段を駆け上がる時期であったことは感じられる。



2026年9月27日日曜日

スラブ圏の弦楽四重奏曲トップ3_エマーソン弦楽四重奏団

 今日は、スラヴ圏の弦楽四重奏曲のトップ3を揃えたエマーソン弦楽四重奏団の一枚を聴こうか。

*ドヴァルザーク:弦楽四重奏曲第12番ヘ長調OP.96(B.179)

*チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番ニ長調 Op.11

*ボロディン:弦楽四重奏曲第2番ニ長調

<1984年:NY録音>

東欧のロマン派を、濃厚な民族色ではなく、透明なアンサンブルと精密なリズムで描いた1枚。



2026年9月21日月曜日

モーツァルト 交響曲第36番「リンツ」_ワルター

昨夜が、スマホだけでなく町の警報ホーンがなり、心配されましたが、とりあえず何ともなく朝を迎えております。

立ち寄ることができなかった街「リンツ」

モーツァルト 交響曲第36番ハ長調「リンツ」K.425,ワルター:コロンビア交響楽団(1960年録音)で聴こう。

リンツは、モーツァルトが1783年11月、ザルツブルクからウィーンへ戻る途中、リンツに立ち寄った際に4日で完成させたモーツァルトの天才性を窺わせるシンフォニーです。そして、モーツァルトが初めてハイドン風の緩徐序奏を本格的に用いたシンフォニーです。古臭い演奏ですか?しかし、ワルターのロマンティシズムが下品にならないのがいい。構築は古典派、でも呼吸はロマン派、それがワルターのモーツァルトか。知らんけど。

2026年8月23日日曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第9番_アマデウス弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑮

弦楽四重奏曲第9番 イ長調 K. 169 、アマデウス弦楽四重奏団(1976年録音)「ウィーン四重奏曲」の2曲目。

注目は、第2楽章Andanteですかね。モーツァルトのアンダンテは、ご承知の通り後年になると深い憂いの色彩を持つ音楽になっていきますが、17歳のこの頃は、優雅さや透明感に若々しい無垢さを持ち合わせた音楽になっています。またA majorからD major(属調)へ移ることで、明るさを維持しながら、音色を少し変える効果をもたらしています。若きモーツァルトの素直で爽快感のある四重奏になっています。

アマデウス四重奏団は、ブレイニンの美音を中心に「4人で一つの弦楽器を演奏している」ような統一感があります。さすが気品のモーツァルトです。



2026年7月22日水曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第10番_アマデウス弦楽四重奏団

モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑭

弦楽四重奏曲第10番ハ長調 K. 170 、アマデウス弦楽四重奏団(1976年録音)「ウィーン四重奏曲」の3曲目。第1楽章をアンダンテの変奏曲にしたのは、ハイドンの作品17-3<変ホ長調 Hob. III:27>のオマージュか。また、全楽章がソナタ形式でなく、また主題と4つの変奏を持つ作品はこれしかないことから、モーツァルトの実験段階であることを示唆するものだろう。第1ヴァイオリンのノーバート・ブレイニンは、非常に表情豊かで美しい「歌心」を持と、adagioに気品と潤いを与えている。ちなみに、アマデウス四重奏団は、ロンドンで結成されているが、主要メンバーはウィーン出身の亡命音楽家たちである。終楽章「ロンドー」での、軽快で息の合った掛け合いも楽しい。


 

2026年7月4日土曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第11番_バリリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑬

弦楽四重奏曲第11番 変ホ長調 K. 171,バリリ弦楽四重奏団で聴く。6曲ある『ウィーン四重奏曲』のうちの4曲目。ハイドンの作品17・20「太陽四重奏曲」をダイレクトに吸収しようとした時代です。まず第1楽章に序奏(アダージョ)を置く試みは、そのハイドンにもない。モーツァルトにしても、のちの19番「不協和音」とこの曲だけである。白眉は、第3楽章、すべての楽器が弱音器(ミュート)をつけて演奏します。オペラのアリアを思わせる、美しくも切ない情感に満ちた楽章です。これぞモーツァルトという、ハ長調の明るくもどこか儚い憂鬱感。一番のお気に入りは、ハ短調(同主調)へ転調し、第1ヴァイオリンの先導に対して、第2ヴァイオリンやヴィオラが細かく動きながら応える、対位法的な「掛け合い」。バリリの第1ヴァイオリンは、決して音を張り上げず、第2ヴァイオリン(クロチャク)やヴィオラ(モラヴェッツ)が、ウィーン・フィル特有の柔らかくふくよかな音色で、まるでお互いを目で合図し合っているかのように自然な息遣いで絡み合う、この「歌の受け渡し」の滑らかさよ。Good Job!!


2026年6月8日月曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第12番_アマデウス弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑫

弦楽四重奏曲第12番変ロ長調K.172,アマデウス弦楽四重奏団で聴く。6曲ある『ウィーン四重奏曲』のうちの5曲目。ご存じハイドンの作品20「太陽四重奏曲」の衝撃をダイレクトに吸収しようとした時代です。この曲では、第3楽章のメヌエットが最も顕著です。冒頭、第1ヴァイオリンではなくヴィオラが主導権を握って語りかけ、それに第1ヴァイオリンが応えるという構造になっています。ヴィオラにこのような重要な役割を与えたのは、ハイドンの「全楽器の平等化」に強い刺激を受けた結果でしょう。また第1楽章や第4楽章では、ハイドン譲りのポリフォニックなテクスチュアが随所に顔を覗かせます。ホモフォニーに終始せず、各楽器が追いかけっこをするような緊密なアンサンブルに、その影響が見て取れます。ハイドンが持つ「構築性と知的なユーモア」に圧倒されたモーツァルトが、それまで得意としていたイタリア風の「あふれる歌心」をベースに残しながらも、必死にドイツ・ウィーン風の「緻密な骨組み」を組み込もうと格闘した、その絶妙なバランスこそが、この曲の独自の魅力になっているのでしょう。



2026年5月18日月曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第13番_バリリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑪

弦楽四重奏曲第13番ニ短調K.173,バリリ弦楽四重奏団<1955年録音>この第13番は初期の「ウィーン四重奏曲」とよばれ、そのラスト6曲目にあたる。冒頭のユニゾンから、決して現代のカルテットのような過度なエッジは立てないものの、内省的で深い響きを持って引き込まれます。ワルター・バリリの哀愁を帯びた、しかし凛とした歌い回しが絶品です。第2楽章、長調(変ロ長調)に転じますが、ここでのウィーン風の優美な身のこなし、そして各声部の自発的な対話こそ、バリリ四重奏団の真骨頂か。終楽章、彼らの演奏は、対位法的な構造をガチガチの厳格さで提示するのではなく、4つの楽器がまるで親密な会話を交わすかのように、有機的かつ流麗にフーガを編み上げていきます。技巧の誇示や誇大妄想的な表現とは無縁の、古き良きウィーンの宮廷的な品格と、青春期のモーツァルトの情熱が同居した演奏といえよう。バリリ弦楽四重奏団が、第14番をのぞくハイドンセットを録音しなかったことは惜しまれる。



2026年5月9日土曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲 第14番_エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑩

弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387「春」。エマーソン弦楽四重奏団(1988-91録音)にて聴く。「ハイドンセット」1曲目。モーツァルトの弦楽四重奏曲で私の一番のお気に入りの曲だ。第1楽章(Allegro vivace assai):は、溌溂としてト長調の色彩が持つ、生命力にあふれた瑞々しさを感じさせてくれる。ただ、モーツァルト特有の憂いを半音階的な動きが演じ単に明るいだけでなく深みのある楽章に仕上がっている。第2楽章(Menuetto. Allegretto):は、文字通りメヌエットとトリオ置く、独創的な楽章だ。メヌエットの中心主題はpとfの急激な交替をふくみ、拍の変化も2拍目・3拍目にアクセントを置くなど面白い。そしてクロッマティックな動きがここでもみられる。ト短調のトリオ。その悲劇性をなにゆえ取り入れたのか私にはわからない。誰か教えてくれ!!第3楽章(Andante cantabile):は、息の長い、抒情的な旋律が美しい楽章だ。私は特にチェロの動きがたまらなく好きだ。第4楽章(Molto allegro):は、驚愕だ!「フガート」と「ソナタ形式」が見事に融合、第1主題、ジュピター音型を絡め、テーマがチェロから始まるのも面白い。第2主題は、フーガの厳格な動きの合間に、突如として軽快で優美な旋律、ここは第1ヴァイオリンが主旋律を歌い、他が伴奏する「主旋律+(ホモフォニー)」のスタイルだ。すなわち、厳格なフーガで始まりながら、気づけば軽やかなソナタ形式の旋律にすり替わっているという、鮮やかな「場面転換」。展開部は、真骨頂だ。第1主題のフーガがさらに複雑に絡み合い、転調を繰り返しながらドラマチックな緊張感を高めていく。そして圧巻のコーダ!激しいフーガの応酬が一段落した後、音楽は急に静まり返ります。第1楽章を彷彿とさせるような優雅で静かなフレーズが繰り返され、最後は「ささやくような弱音」で、消え入るように幕を閉じる。ブラボーブラボーだろう。エマーソンSQは、このスピード感の中でも、全声部が独立して聴こえてくる解像度の高さは目を見張るものがある。まさに、のちのK.551へつながる名曲中の名曲である。




2026年4月26日日曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 _エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑨

弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 K.421。エマーソン弦楽四重奏団(1988-91録音)にて聴く。15番は、ハイド ンセットの中で唯一短調で書かれた作品。ニ短調は、モーツァルトにとっては、ト短調と同じくある意味特別な調性と言えよう。『ピアノ協奏曲第20番 K.466』、歌劇『ドンジョバンニ K.527』『レクイエムK.626』などと並べればご理解いただけるだろう。いずれも死と直面した独特の世界観・緊張感が、そこに は存在する。この15番も全楽章を通じて、抑制された哀しみと、時折現れる激しい情熱が交錯する。第1楽章では、第1主題の動機が執拗に繰り返され、カノン風に絡み合うことで、逃げ場のない焦燥感が強調される。第3楽章のメヌエットでは、鋭い(付点音符)のリズムが、宮廷舞曲としての優雅さをかき消し、むしろ峻厳さを強調する。終楽章では、シチリアーナ(6/8の舞曲)のリズムにより、悲哀や別離の印象がより 強く感じられる。15番が作曲されたのは、長男ライムント誕生し、わずか2か月後に死去した時期に相当す る。いずれにしても、モーツァルトの短調は、単に音楽的「美学」というよりもモーツァルトの内なる暗  黒を覗きみるような悲しさがまつろう。



2026年3月25日水曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲 第16番_ハーゲン弦楽四重奏団


モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑧

弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K.428 (421b)、ハーゲン弦楽四重奏団<199.5録音>にて聴こう。

冒頭からして如何にこの時代に異質な表現であったから伺える、4人のユニゾンによるオクターヴに上昇するテーマ、あれ確か変ホ長調だよねと首をかしげたくなる。ハーゲンSQは、ノン・ビブラートに近い澄んだ音色と、完璧にコントロールされた強弱の移ろいが素敵だ。また、アーティキュレーションを鋭敏に捉え、フレーズの語り口に独特の「間」や「溜め」を作ることで、古典派の音楽に現代的な緊張感を与えている。K.428は、ハイドン・セットの中でも半音階的な書法が多用されており、内声(第2ヴァイオリンとヴィオラ)の動きが非常に重要だ。ハーゲンSQは各パートの独立性が極めて高く、内声部が浮き彫りになる点でK.428にはぴったりだ。第2楽章、アンダンテ・コンモートは、単に美しさだけでなく翳りの和声の変化に対応できるかが勝負だ。チェロの上昇3和音の形が音程を変えながら延々と続くのが好きだ。これに上声部が半音で動くことで生じる「不協和音の解決」が連続し、これが、モーツァルト特有の「甘美な痛み」や「ため息」のような表情を生んでいる。第3楽章、メヌエット、アレグロは、Trioだ!変ロ長調に転じ、半音階を多用したテーマを各パートがカワリベンタンに歌う。ハイドンへのオマージュを感じる部分だ。ちなみに16番は、17番<狩り>よりも後に書かれたらしいっす。



2026年2月13日金曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458《狩》_グァルネリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑦

弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調 K.458《狩》、グァルネリ弦楽四重奏団(1971-75年ハイドンセットより)を聴こう。<狩>の愛称は、楽譜にある冒頭のファースト・セカンドヴァイオリンの主題が狩猟の際に使われる角笛の響きを連想させることからそう呼ばれるようになった。ゆえに表題的な意味合いも何もない。第2楽章の優雅なメヌエットと対照的なトリオがお気に入り。モーツァルトらしい上品で洗練されたメロディが、4つの楽器の間で受け渡されていく。グァルネリは、その「間」や「呼吸」を大切にしている。トリオでは、第1だけでなく他も美しい旋律を担当しアンサンブルの密度は増してゆく。3楽章、アダージョは、ハイドン・セット全体の中でも特に美しい緩徐楽章だ。変ロ長調から変ホ長調へ移行し、第1は、時に切なく憂いをもち、他は優しく包み込むように和声を支える。第4楽章の軽快さは、ハイドンさながらか。グァルネリ弦楽四重奏団の温かみのあるアンサンブルとしなやかさは、この17番にお似合いだ。



2026年1月15日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第18番_ジュリアード弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑥ 

弦楽四重奏曲第18番イ長調 K.464、ジュリアード弦楽四重奏団(1962年録音)。「ハイドンセット」5曲目。18番は、有名な「狩り」「不協和音」に挟まれた地味な印象を受ける曲だが、最も哲学的であり、如何にもベートーヴェンが好みそうな瞑想かつ内省身を帯びたとんでも曲である。実際、ベートヴェンが最も感銘と影響を受けた曲であった。
第2楽章、メヌエットは、単なる舞曲に留まらず、三拍子の中に短い不協和や対位が差し込まれたりします。またTrioではお得意の色彩的に暗転する部分や和声の微妙な移り変わりが施され、表情の変化を楽しめます。第3楽章アンダンテカンタービレは、変奏曲で低弦を中心にした陰影の深い変奏を、第一ヴァイオリンが叙情的に歌う変奏を、対位法的展開による変化をと各声部の性格を如実に表現します。この曲は情緒に流されすぎず、音楽の骨格をしっかりと味うには、ジュリアードは最適かも知れません。


2025年12月18日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 _エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465《不協和音》。ハイドンセット6曲目、エマーソン弦楽四重奏団(1988-1991年録音)で聴く。第19番は、画像にある冒頭アダージョ序奏(22小節)の独特な不協和音から《不協和音》と呼ばれる。 チェロが刻む「C」の音に対し、他の楽器が半音階的に重なることで不協和音が生まれる。しかし安心してください。アレグロの開始とともに明るく曇りないハ長調にしっかり着地するのだから。エマーソンは、精緻なアンサンブル、クリア・明晰な音により表現がとてもスリリングだ。



2025年10月25日土曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲20番_パスカル弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その④ 弦楽四重奏曲第20番 ニ長調 K. 499 『ホフマイスター』。パスカル弦楽四重奏団(1952年録音)。1952年の録音にしては、瑞々しさが失われいません。フランスの弦楽四重奏団ということで大変貴重かなと思う。 メンバーはジャック・デュモン(第1ヴァイオリン)

レオン・パスカル(ヴィオラ)ロベール・サール(チェロ)モーリス・クリュー(第2ヴァイオリン)の初期メンバー。20番は、出版業者のフランツ・アントン・ホフマイスターのために作曲されたといわれている。長調でありながら、どことなく暗い影や苦悩を隠し持つ曲調だ。第1楽章は、ソナタ形式の中、展開部で劇的な要素が織り交ぜられ、転調や対位法的が踊る。第2楽章は、トリオでリリカルで悲しみを秘めた展開、第3楽章は白眉。モーツァルトの持つ深き叙情性に満ちた楽章。4楽章は、明るくのびやかな旋律、しかしその裏でヴィオラがどことなく悲しみをたたえながら進む。非常に複雑な気持ちで聴かされる自分がいる。


2025年10月19日日曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲21番_アルバンベルク弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その③

弦楽四重奏曲21番ニ長調K.575「プロイセン王第1曲」。アルバンベルク四重奏団(1975年録音)。プロイセン王セットは、ご存じ21.22.23番と3曲あり、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世からの依頼により作曲され(そうでない可能性も高いが)、彼がチェロの奏者だったこともあり、チェロが独奏楽の様に活躍するように作られているのが特徴だ。1楽章、第1ヴァイオリンの第1主題をすぐにチェロが引継ぎ、第2主題はチェロが提示する。第2楽章では、チェロが高音域で美しい旋律を奏で(k.476の歌曲「すみれ」からだろう)、第3楽章のトリオはまさしチェロが主役だ。そして第4楽章では、冒頭のロンド主題をチェロが提示する。
アルバンベルク四重奏団は御存じウィーンフィルからの派生した弦楽四重奏団である。余談ですがウィーン・フィル四重奏団とヴェラー四重奏団と3つあるのだ。私は、ヴェラー四重奏団とこのアルバンベルク四重奏団しか持っていない。ヴェラー四重奏団は、室内楽の調べが濃密でよいのだがなにせ1952年録音で音がどうしても劣後してしまう。アルバンベルク四重奏団を選んでみました。清冽かつ拡がりのある演奏です。


2025年10月12日日曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第22番_バリリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 弦楽四重奏曲を聴いていこう。その②

弦楽四重奏曲22番変ロ長調K.589「プロイセン王第2曲」。バリリ弦楽四重奏団(1955年録音)。21番同様プロイセン王フリードリヒ2世のために作られたものだが、自作目録には「フリードリヒ王にために」とは書かれていないことは申し上げておこう。k番号からしてオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」の次に書かれたものであることがわかる。第1楽章は、やさしく下降する第1主題と、高音域で提示されるチェロから始まる。第2楽章は、弦楽四重奏曲中唯一「ラルゲット」指示のある緩徐楽章。チェロにたっぷりと謡わせる配慮かもしれない。優しい子守歌のようなメロディだ。第3楽章は、メヌエットと壮大な対位法のトリオ部をもつ驚異的な楽章だ。バリリ弦楽四重奏団の気品あふれる音が心地よい。


モーツァルト 弦楽四重奏曲第23番_アマデウス弦楽四重奏団&エリカ・モリーニetc

 

 モーツァルト 弦楽四重奏曲を聴いていこう。その①

天邪鬼ぶりを発揮して逆視聴とさせていただきます。まずは、最後の23番から。モーツァルト:弦楽四重奏曲第23番 ヘ長調 K.590(プロイセン王第3番)。視聴は、アマデウス四重奏団<(1st violin)ノーバート・ブレイニン (2nd violin)ジークムント・ニッセル (viola)ペーター・シドロフ (cello)マーティン・ロヴェット。39年間変わらぬメンバーでウィーン風の定番だ。もう一つは、(1st violin)エリカ・モリーニ (2nd violin)フェリックス・ガリミール (viola)ワルター・トランプラー (cello)ラズロ・ヴァルガの変わり種。モリーニには言わずもがな、ガリミール は、50年代のNBC交響楽団のコンサートマスター、トランプラーは、ブダペスト弦楽四重奏団との競演で有名、ヴァルガは、レナー四重奏団のチェロ奏者で、ニューヨークフィルの首席奏者という錚々たるメンバーだ。
プロイセン王セットは、ご存じ21.22.23番と3曲あり、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世からの依頼により作曲され、彼がチェロの奏者だったこともあり、チェロが独奏楽の様に活躍するように作られているのが特徴だ。23番は、弦楽四重奏曲でも数少ないユニゾンで始まる(たぶん4曲だけ)が、長調とは思えないほど重苦しく物憂げだ。そして、白鳥の歌ともいうべき第2楽章、そのシンプルすぎるメロディが何度も繰り返され変奏的に展開してゆき、あまりにも耽美で脳裏から離れない。モーツァルトの死までわずか1年、4楽章ともに長調でありながら、高揚感ないまま終わる曲調に何かしら影のようなものを感じるのは私だけだろうか。




2021年8月19日木曜日

モーツァルト ハイドン・セット_エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 「ハイドンセット」弦楽四重奏曲14番-19番、エマーソン弦楽四重奏団(1988-1991年録音)を聴く。

弦楽四重奏曲を本格的に聴きだしたのは、このエマーソン弦楽四重奏団のハイドン「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」【2002年録音】の弦楽四重奏版のCDを購入したのがきっかけでした。さて、ハイドンがモーツァルトに及ぼした影響は大きく、「ハイドンセット」は、1785年1月15日と2月12日に、ハイドンをウィーンの自宅に招き、これらの新曲を披露し献呈した。モーツァルト自身がヴィオラを担当したとも言われている。最初に魅了されたのは、何と言っても14番第4楽章。複数のフガートが重なる時の立体感。もはや弦楽四重奏であることを忘れさせてくれる壮大な音楽。「ジュピター」の登場のはるか前に、フーガとソナタ形式の見事な統合を完成せしめていたのだ。そして、ベートーヴェンが愛してやまない18番。モーツァルトオタクのベンちゃん、彼の弦楽四重奏曲5番が凄い。イ長調の調選択、両端楽章にソナタ形式を置き中間部にメヌエットと変奏曲、そのコーダの規則的なチェロの歩み、1楽章の6/8拍子からの逸脱、終楽章副主題の類似などなど共通項のオンパレード。どこまでオタクやねん って話し。エマーソンは、ある時は陰影に富み、またある時は軽やかに。ヴィブラートを効かせた起伏に富んだ表情によってふくよかな音像を紡ぐため、モーツァルト独特の柔らかい風合いが心地よい。ピュアな音色、やや硬めに厳格なリズムの刻みなど、現代音楽が得意と評されいるが、モーツァルトに十二分に合っていると思っている。


2019年12月15日日曜日

シューベルト 弦楽四重奏曲_シネ・ノミネ

紅葉の季節も終わり、先週に続き今週もほぼ家で「うったら」な土日を過ごしております。冬には弦楽四重奏曲がお似合い。特にシューベルト。シューベルトには、残されているもので15曲(1曲は断片(12番)1曲は中間楽章紛失(5番))がある。短調が<5曲>。シューベルトの短調は、哀哭、翳り、死と向き合うあきらめ、暗黒というイメージが付き纏う。その狂気にも似たメロディを包み込む得も言われぬ和声の羅列が、暗闇に向かって進む一筋の道となって眼前に現れる。とても冬でなければ聴けない。演奏は、「シネ・ノミネ四重奏団」。シネ・ノミネとはラテン語で「名もなき」という言葉らしい。