2020年2月22日土曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第2番_ブッフビンダー

今日は、我が家のピアノの調律をしに調律師さんがやってきました。この日ばかりは、かみさんが朝からリビングを片付けるのでとても気分のいい日となります。(すぐに元通りになるのですが)。午後のひと時は、ブッフビンダー指揮ぶりウィンフィルによるベートーヴェン ピアノ協奏曲を聴く。
その中から、地味ながら若きベートヴェンのキラキラ感が満載の第2番変ロ長調Op.19をとりあげよう。
作品番号は2番だが、実際は1番にあたるこの曲は、初期ということもありベートーヴェンの中にモーツァルトを感じることができる仕上がりです。編成も、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦五部とモーツァルト最後のピアノ協奏曲第27番ととってつけたように同じ小ぶりの編成です。
第1楽章、その序奏はまさにモーツァルトそのもの。少し控え目に始まるピアノは、第1主題を軽やかになぞりながら流れるように音の粒を飛ばし、ウィーンの陽だまりによく似合い、幸せな気分にしてくれます。カデンツァは、インヴェンション風に始まり、途中からベートーヴェンらしい豪胆さが現れる。第2楽章、ファゴットを中心に低弦群が序奏を始める。ピアノは、その低弦群の上をリリカルに歩き回り、癒しのメロディを紡いでゆく。やがてオーボエがホルンに支えられメロディラインを奏でるとピアノは伴奏へ。しかしピアノはメロディに戻り、終結部は、まるでオルゴールのような響きを見せ美しい弦楽群と戯れる。そして最後はオーボエとフルートが優しく締める。第3楽章、これと言って特徴はないが、とにかくベートーヴェンらしからぬ飛び跳ねと無邪気なピアノを存分に楽しむべきだろう。愛聴盤は、グルダ+ホルストシュタイン、ウィンフィルですが、今日はこちらで。

2020年2月15日土曜日

モーツァルト 交響曲第36番&38番_シューリヒト

不要不急の外出は避けた方が賢明な今日この頃、自宅で「のんびり」です。モーツァルト 交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」&38番ニ長調K.504「プラハ」を聴く。シューリヒト;パリオペラ座管弦楽団(1963年録音)。まさに説明不要の名演奏。
自分の中では、カンテッリ(PH)の29番、このシューリヒトの38番、ワルター(コロンビア)の40番は、はずせません。


2020年2月8日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲全集より11番_リリー・クラウス

やっと2日間の極寒が終わり天気も良く暖かな一日でした。このところ、秋に予定しているプラハ、ザルツブルグ、ウィーンの旅行プランを練っている関係で、精彩を欠くゴルフから戻ったあとずっとモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いています。初期から19番くらいまで。
リリー・クラウス、スティーヴン・サイモン&ウィーン音楽祭管弦楽団にて。ウィーン音楽祭管弦楽団という聴きなれないオーケストラは、レコーディングのためにウィーン交響楽団からピックアップされたメンバーで構成されているらしい。かのヨーゼフ・クリップスの薫陶を受けたスティーヴン・サイモンのウィーンの香りのする伴奏を受けてのクラウスのチャーミングなピアノが自在に跳ね回ります。ここでは、あまり馴染みのないピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 k.413(387b)を少しご紹介。ウィーンへ出てきたモーッアルトが最初に手掛けたピアノコンチェルト3作品(11-13番)の2曲目です。(12-11-13番が完成順)。
第1楽章、冒頭は主和音の連打で始まり、明るく社交的でウィーンに出てきて嬉しさのあまり闊歩するモーツァルトの姿を思い描きながら聴いています。少しフライング気味に登場するピアノが愛らしい。中間部には、モーツァルト独特の憂いある旋律。カデンツァはモーツァルト自身のものです。
第二楽章、低弦のピチカートで始まりどことなく牧歌的なテーマ。ピアノと弦楽群との掛け合いを経てピアノは徐々に短調にゆらめいていく。少し夢ごこちな中間部を終えた後、どことなく悲しみを秘めたカデンツァ。そして何事もなかったかのように牧歌的に幕を閉じる。
第三楽章、センスの塊で一番好きな楽章。一転して都会的なポリフォニックな主題で始まり、特に味のある低弦群が対位風に旋律を支えるところも聴きどころ。中間部後半の流れるような弦楽群との掛け合いの旋律の美しさに思わずため息。コーダはまるでそっと筆をおくかのように静かに。。。若きモーツァルトの作品群も味がありますね。


2020年2月1日土曜日

ブラームス ピアノ協奏曲第1番_ハンス・ヒリター=ハーザー

注文していたCDがケンタッキー州にあったらしくやっと届いた。予定日より1週間遅れでしたが、着いてよかった。
ハンス・リヒター=ハーザー(P)、クルト・ザンデルリンク指揮、デンマーク放送交響楽団(1979年Live録音)。ブラームス ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 OP.15を聴く。KONTRAPUNKT(コントラプンクト)というデンマークレーベルのCDです。ちなみに”コントラプンクト”とは「対位法」という意味ですね。リヒター=ハーザーは、生粋のベートーヴェン弾きで、いつもは、ベートヴェンのコンチェルトを聴いているのですが、このCDには、ベト5「皇帝」とこのブラームスの1番が収録されています。
第一楽章、序奏部のティンパニーロールの中、各楽器の響かせ方が抜群だ。テンポもゆっくり目で、ザンデルリンクは単に重厚感だけでなく激しさの中で蠢く苦悩をわずか4分間で描きあげてしまった。それを受け継ぐリヒター=ハーザーの音の粒は、憂いを含んでいながら硬質に煌ていて聴こえるのが素晴らしい。展開部では、ピアノがオーケストラの一部と化す場面とピアノがパッと浮かび上がる場面の二面性をもつこの曲の魅力を存分に楽しみながら聴くことができる。これも協奏曲を知り尽くしたザンデルリンクの成せる業か。曲が進むにつれお互いの峻厳さが増してゆく。何と言ってもリヒター=ハーザーの強打であっても深みと気品あるタッチがこの曲本来以上に格調を高めているのが見事だ。
第二楽章、Adagio。まずは弦楽群とファゴットで始まる曲の冒頭部が堪らなく好きであることを書いておこう。そして再度この組み合わせで楽章を締めくくる。ファゴットに時折感動してしまうブラームスの様々な楽曲において、ここも大事にしてくれているかがポイントだ。リヒター=ハーザーの明確な粒立ちにより変に甘くならず深遠なる世界の創出がされ、中間部の色彩は決して耽美なものにならず・・・これがいい!この曲はショパンでなくブラームスなのだから。
終楽章、激情的なこの楽章においてもリヒター=ハーザーは、微塵も厳格さを失わない。それに合わせるザンデルリンクも変に煽ることをせず、それでいてエネルギッシュさを保ちコーダへ突入する。そしてこれほどシンクロしながら品格あるコーダは他にあっただろうか。「買ってよかったこの一枚」に推薦させていただきます。

2020年1月25日土曜日

マーラー 交響曲第3番_コボス

「ロペス=コボス/シンシナティ交響楽団、ミシェル・デ・ヨング(Ms)(98、TELARC)」を聴く。
第1楽章、印象深いトローンボーンの自己主張が、まさに「めざめる牧神」を想起させる。爽やかさ溢れる構築の中で、低弦群のキレの良さを味わうことができる。録音の良さも手伝いクッキリとした仕上がり。第2楽章、目まぐるしく変わる拍子の変化が巧みに統率されているのがわかる。さっぱりとした味付けながらシンシナティのオーケストレーションの質の良さを感じ取れる楽章だ。第3楽章、主部の戯画的な音の羅列をトランペットの動機で終えた後の中間部のポストホルンがあまりにも遠くから響くというコントラストが面白い。第4楽章、ここでもミッシェル・デヤング。神秘的美声を堪能。終楽章、弦楽群のバランスはさすが。各パートを浮かび上がらせるコボスの丁寧さが現れている。ここでも変に粘りつくようなテンポの揺らしもなく、コボスの実直さが伺える演奏だ。シンシナティは、ドイツ系移民が多く移り住んだ土地柄らしく、180年超の歴史をもつオーケストラのようだ。先週のピッツバーグといい、シンシナティ、アトランタとアメリカの地方のオーケストラの実力は侮れないものがあると感じた次第です。

2020年1月18日土曜日

マーラー 交響曲第3番_ホーネック

マーラー 交響曲第3番 ニ短調を聴く。ホーネック;ピッツバーグ交響楽団、ミッシェル・デヤング(メゾソプラノ)、ピーター・サリバン(ソロトロンボーン)ジョージ・ヴォスバーグ(ポストホルン)_2010.6-11-13(Live録音)
かねてより気になっていたホーネックのマーラー、会社の先輩が3番を買ったとのことでお借りした。万歳!!
第1楽章冒頭のホルンの決然とした響きに思わずニヤリ。これは!!を充分予感させてくれた。続く、半音階的トランペット、独奏のトロンボーン、何と充実した金管楽群であろうか!大好きな、展開部の遠くでのトランペットとホルンの掛け合い、トロンボーンとチェロの独奏と多彩な音色の嵐を見事に紡いで進んでいく滑らかな構築。いいぞ。第3楽章、中間部のポストホルン、かのハーゼス直伝のヴォスバーグの上手さ、神秘的な森の雰囲気をまとい、浸みわたり、それでいて高らか。第4楽章、コントラバスの低弦に誘われ謳うこの曲でのミッシェル・デヨングは、幾つもすでに聴いているが、さすがに深みと艶のある声。後半部に寄り添うヴァイオリンの美しさも良きかな。
第6楽章、マーラーの表記どうりの安らぎのある弦楽群の美しさ。卓越しているのは決して金管群だけではないのがわかる。コーダは、余力ある金管群は絶叫することなく、何なく生命感を見事に歌い上げる憎らしさ。一級品の演奏でした。これは、やはり5番も聴かなくては。。。。

2020年1月1日水曜日

2020年 初聴き ベートーヴェン 交響曲第8番

あけましておめでとうございます。
2020年の幕開けです。年初めの一曲は、ブラームスの1番というのが私のお決まりですが、今年は、ベートーヴェンの8番で。そう今年は「ベートーヴェン生誕250年」年です。8番を選んだのは、出だしのトゥッティが、年の始まりに何となくふさわしいかなと。選んだのは2枚、①コンヴィチュニー;ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管【1959年】②クレツキ;チェコフィルハーモニー管【1967年】。
①は、私の定番であり定盤。低重心の弦楽群、くぐごもった金管群は、何度聴いても魅力的で、その音色は他の追随を許さない。木管群の艶やかさも言うに及ばず。
②は、弦楽群の強い刻みが特徴的であり、こんなド素人でも弦楽群の各パートの音型を楽しませてくれるから。そして、残響の頂点ともいえる程で、8番の魅力を余すとこなく伝えてくれる。
さて、今年は愈々、「還暦」を迎えます。自分へのご褒美は、「中欧4か国旅行」。プラハ勿論行ってまいります。

2019年12月15日日曜日

シューベルト 弦楽四重奏曲_シネ・ノミネ

紅葉の季節も終わり、先週に続き今週もほぼ家で「うったら」な土日を過ごしております。冬には弦楽四重奏曲がお似合い。特にシューベルト。シューベルトには、残されているもので15曲(1曲は断片(12番)1曲は中間楽章紛失(5番))がある。短調が<5曲>。シューベルトの短調は、哀哭、翳り、死と向き合うあきらめ、暗黒というイメージが付き纏う。その狂気にも似たメロディを包み込む得も言われぬ和声の羅列が、暗闇に向かって進む一筋の道となって眼前に現れる。とても冬でなければ聴けない。演奏は、「シネ・ノミネ四重奏団」。シネ・ノミネとはラテン語で「名もなき」という言葉らしい。

2019年11月23日土曜日

ロクサラーヌ&後宮の逃走

トルコのテレビドラマのHulu配信「オスマン帝国外伝」がかなり面白い。皇帝スレイマン1世の一生を後宮の争いを中心に描いたもの。何気に見始めたが200話以上続くみたいなのだ。。。歴史的にはかなり史実に基づいて描かれている。ハンガリー軍を一瞬にして葬り去った有名な「モハーチの戦い」も出てきた!さて、もう一人の主役「ヒュッレム妃」が凄い。奴隷から第一皇帝妃まで上り詰めた賢悪女、その暗躍・豪胆ぶりが凄まじい。ところでこのヒュッレム妃、西洋諸国側ではロクスラーヌと呼ばれている。ハイドンの交響曲第63番の第2楽章allegrettoにこの「ロクスラーヌ」の副題がついている。ハイドン自身の劇「ソリマン2世」の付随音楽の転用とも言われている。似つかわしくない軽快なメロディである。久しぶりに聴いてみた。さて、このドラマのシリーズはなんと<5>まであるようだが現在シリーズ2を視聴中。そこに史実にはない王女の捕虜が登場する。その中にモーツァルトのオペラ「後宮の逃走」を思わせるシーンが出てきた。というわけで、久しぶりに1954年録音:フリッチャイ&ベルリン放送響演奏のCDを今日は聴くとしよう。雨で紅葉狩りは断念。




2019年9月21日土曜日

ブルックナー 交響曲第8番_グッディール

ブルックナー 交響曲第8番ニ短調(1890年ハース版)、レジナルド・グッドール、BBC交響楽団(1969年Live録音)にて聴く。悠然としたブルックナー!。特に第3楽章Adagioは、全く力みの無い金管群、柔らかい弦楽群の自然で豊かな歌いっぷりと雄大なスケールが魅力。ふむふむ、力こぶの入らない泰然自若の8番を久しぶりに堪能。


2019年8月24日土曜日

ブラームス ドイツレクイエム 38

昨日、大学の同級H氏が最近お気に入りでアップロードしてくれ戴いた音源、ブラムース「ドイツ・レクイエム Op.45」フリーダー・ベルニウス指揮シュトゥットガルト室内合唱団、シュトゥットガルト・クラシッシェ・フィルハーモニー、ユリア・ボルヒェルト(s)、ミヒャエル・フォレ(b)、1997年、(ブラームス没後百回忌)、シュトゥットガルト・リーダーハレ、ヘーゲルザールにおけるライヴ録音。を聴く。
小編成のオケであるが、ティンパニーの打撃を強く意識した演奏である。弦楽群は極力ビブラートを抑え、木管群を浮かび上がらせるように構築されている。
第1曲、速度は前半は速め、後半はコーラスにじっくり謳わせるよう遅めのテンポ。冒頭、重苦しさは微塵もなく、静かに夜が明けていくような雰囲気をもつ。コーラスは、霧の向こうから聴こえてくる如く、美しいソプラノと柔らかみのあるバスが印象的だ。第2曲、小編ながら中々の迫力を演出するオーケストラ、ここでのティンパニーの使い方が抜群。ト長調からの(So seid nun geduldig)コーラスの優しさは、神の暖かなまなざし、しかしすぐに元の重苦しさへ引き戻される。「Aber des Herrn Wort 」の宣言のくだりは、個人的にはもう少しボリュウム欲しいところか。続くアレグロ部大きくテンポを揺らしているが、コーラス陣はきっちりとついてきているのは流石。3曲、バリトンのフォレは、落ち着きのある声。影絵のように独唱を模倣しながら緊迫を高めるコーラスもうまい。フーガは、もう少しコーラスが前へ出てもらいたかった。(録音のせいか)持続低音Dもそのわりに効いていない気が。4曲、この舞曲は短いのだが、個人的には好きだ。Selig動機の変奏が使われていたり、短いフガートなど。ベルニウスは、少しテンポをゆっくり目でコーラス陣をリード。5曲、ソプラノのボルヒェルトは、少し線が細いか。綺麗な歌声であるが、もう少し憂いが欲しいところ。
6曲、バス独唱後のスフォルツァンドは、この編成ではやはり迫力不足なのだろうか。大フーガ、各パートともうまいのだが、この賛歌の持つ「圧倒的」さが残念ながら聴こえてこない。7曲、救いと報いの旋律。ベルニウスの終曲への思い入れを感じる。透明な色彩のハーモニーを堪能できる終曲だ。


2019年7月7日日曜日

マーラー 交響曲第4番_オッテルロー



梅雨を実感させられる土日となりました。2日間、外へ出たのはコンビニに行っただけ。今日の午後は、特にゴルフ中継に釘付けでした。女子・男子とも追いついてプレーオフ、遼君の久しぶりの優勝、渋野の勢いを感じる優勝と嬉しいシーンを観れました。(共に素朴な韓国勢を破っての優勝)
そして、音楽はマーラー交響曲第4番ト長調、オッテルロー(C)ハーグ・レジデンティ管弦楽団 、テレーザ・シュティヒ=ランダル(Sp)<1956年録音>。ソプラノのテレサ・シュティッヒ=ランダルは、トスカニーニに見いだされたアメリカの歌手らしい。天国的な楽しさを謳うその歌声は、可憐であり落ち着きのある魅力にあふれている。ハーグ・レジデンティ管弦楽団は、勿論オランダのオーケストラなんですが、よく知りません。しかし、低重心で味わい深い響きが素敵です。第3楽章、Adagioの冒頭、甘すぎず端正な響きながら柔らかさをもち心地よい弦楽群です。すすり泣きのヴァイオリンも見事です。良き1枚に出会いました。

2019年6月29日土曜日

フォーレ レクイエム_アンゲルブレシュト

フォーレ「レクイエム」を久しぶりに聴きたくなった。クリュイタンスでもなく、バレンボイムでもなく、コルボ、ヘレヴェッヘでもなく、デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮 フランス国立放送管弦楽団・合唱団(1955年録音)フランソワーズ・オジュア (S)ベルナール・ドゥミニ(Br)ジャンヌ・ブドリー・ゴダール (Org)で。
まずは、オジュアのソプラノが凄くいい。清楚で真摯なソプラノだ。ドゥミニのバリトンは、癖のないいい声でフォーレの音にとてもよくあっている。録音の為か、コーラスが極めて直線的に声を届けてくれる。決して抜群に上手いというわけではないが、気品を崩さずいかに

も宗教的である。

2019年6月9日日曜日

ブルックナー 交響曲第7番_フルトヴェングラー



今日の音楽。ブルックナー 交響曲第7番ホ長調、フルトヴェングラー;BPO(録音、1949年)にて。
「フルトヴェングラーならでは」は、第1楽章冒頭から聴こえてくる。チェロの振幅の大きなフレーズに合わせ、ヴァイオリンのトレモロが同じように謳う。そしてチェロからヴァイオリンへ旋律が移ると一気に熱量が高まる。これほどに熱い冒頭はあまり聴かれない。(ちなみに、この録音では、チェロからヴァイオリンへ移行する前に1音だけホルンがアウフタクトで入るパターン)、これは再現部でのトレモロも同じ。そして、なんといってもチェロの響きの素晴らしさ。
第2楽章Adagioは、振幅・起伏のある弦楽群、第2主題出だしの穏やかさ、そこからフレージングにそって音量を変化させつつ音楽そのものの密度を深めていきます。そしてラストのワグナーチューバとホルンの意志を持つ調べが印象的です。
第3楽章のスケルツォは、フルヴェンの真骨頂。自然な高揚感を伴いズンズン歩をすすめる。中間部では、ヴァイオリンを優しく歌わせる。ラストは、魔界の軍団が突き進むような激しさ。
やはり名盤か。

2019年5月25日土曜日

フルトヴェングラーの大戦前の録音集6枚組

今日の音楽。フルトヴェングラーの大戦前の録音集6枚組。
あの37年の「運命」や38年の「悲愴」も収録。そして、ヒトラーがピストル自殺をした翌日(1945/5/1)に、ラジオ局「ライヒセンダー・ハンブルク」が通常の放送を中断し、まもなく重大なニュースが発表されるとアナウンスしヒトラーの死の発表前に流れた、1933年のワグナー「神々の黄昏」の<ジークフリートの葬送行進曲>と1942年のブルックナーの7番の第2楽章アダージョも収録されています。



2019年5月19日日曜日

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番_フェラス

久しぶりにモーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番が聴きたくなる。お気に入りは「グリュミオー」だが、今日はフェラスで。ヴァンデルノート(C)パリ音楽院管(1960年録音)。チャーミングな装飾音を奏でながら颯爽と、カデンツァの高音部pppのどこまでも届きそうな柔らかさはフェラスならでは。珠玉のアダージョ、その入りの哀しみを堪えた美しさは絶品。27歳のフェラスの瑞々しい演奏に拍手!!


2019年3月30日土曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番_ウェーバージンケ


ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調 OP.58、
アマデウス・ウェーバージンケ、コンヴィチュニー指揮:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1961年録音)を聴く。
昨年隠れ名盤として紹介したディーター・ツェヒリン、コンヴィチュニー指揮:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(https://mozartgogo.blogspot.com/2018/10/3.html)と同じ年の録音。そしてピアノは、勿論「ブリュートナー」であろう。ウェーバージンケは、オルガニスト兼ピアニスト。あのカール・リヒターと1950年のバッハ・コンクール(オルガン部門)で1位を分け合った実力者。
第1楽章、「運命動機」のピアノの柔らかい独奏を受け、ロ長調でシルキーなLGOの弦楽群が応えると、そこには自然と優しさが生まれる。優美な第1,2主題ともうひとつの短調の副主題を持ち展開の深さを感じる。ウェーバージンケは、オルガニストらしく、低音部の響きが聴いている。カデンツァは、流麗でバッハのインヴェンションを聴いているかのようだ。「ブリュートナー」の音は暖かみがある。
第2楽章、かなりゆっくりのテンポで低重心の弦楽群。ピアノ音はどことなく儚げに。「ブリュートナー」の高音部の響きが深遠さを増す。
第3楽章、少し音量を控えめに始めるコンヴィチュニー。弾むような明るい主題だが少し遅め。ピアノが主題を繰り返す。(この時の裏のチェロが実は好きだ)管楽群が参加してテンポを少しアップ。ここから第2楽章から解き放たれ快活さが生まれるのか。ウェーバージンケの強弱感の確かさと低音部の響きが逆に高音部の音の粒を引き立てている。
やっぱり4番を聴いていしまうこの頃。

2019年3月3日日曜日

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲_フランチェスカッティ

昨日とうってかわって肌寒い雨の「ひな祭り」。書斎に引きこもり。チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35を聴く。ジノ・フランチェスカッティ、ミトロプーロス;ニューヨークフィル(1954年録音)。
『ハート』と名付けられた1727年製のストラディヴァリウスが醸し出す豊潤な慈しみのある音色は、最高音の一音まで美しい。ジノの高音域での独特のヴィブラートが潤いをもたらす。テンポをかなり動かすミトロプーロスの至芸にも50代初頭の脂の乗り切ったジノには容易い。そしてフルパワーのオーケストラにも負けない音場。しかし、ミトロプーロス、1楽章も3楽章も最後は見事にテンポを速めてあくまでもドラマチックに楽曲を構成していきます。
第2楽章、カンツォネッタ アンダンテ。木管群のまろやかな音に続き、ジノの妖艶なヴァイオリン。深く沈みこむような音色が直線的に心に浸みこんでくる。途切れなく始まる第3楽章、民族舞曲トレパークに基づく第1主題のリズムが心を揺さぶる。第2主題の後、わずか緩やかにヴァイオリンが歌う部分が好きだ。主題に戻ってからは、ミトロの一気呵成が待ち構える!第2主題直前の低弦群の音も魅力的。ジノの高音の腕さばきも冴えわたる。書斎でひとりブラボー!!



2019年2月24日日曜日

ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」_コンヴィチュニー

無性に「田園」が聴きたくなる。この曲の私の第一優先は、低弦楽器の深みと重量感。選んだのは、コンヴィチュニー:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管(ベートヴェン交響曲全集、1959-16年録音)低弦楽器は、右位置に配置されどこまでも深く重量級だ。
第1楽章、まろやかなオボーエの基本動機の中、厚みのあるコントラバスの濃いフレージングとチェロの優しい響きが幸福感をもたらす。低重心ながら統制のとれた弦楽群の音の運びが東ドイツの風格だろうか。
第2楽章、テンポはゆっくり。「もさい」という人もいるだろう。しかし、素朴な弦楽の響きの中に、古めかしい木管群が戯れるように遊ぶ様は、大自然の優しい顔に触れているようだ。ファゴットの音がまたいい。
第3楽章、愚直なまでのスタカートの刻みの中でゴシック仕立ての舞曲が繰り広げられる。第2主題のオーボエ・クラリネットの甘さも忘れてはならない。
第4楽章、嵐は、地を這うような響きを持つコントラバスの音とともに襲ってくる。管楽群の鋼鉄の塊のような稲妻。襲ったかと思う間もなく過ぎ去ってゆく。しかしコントラバスの地鳴りはおさまらない。
第5楽章、素朴な弦楽群が繰り広げるクーライゲン、第2ヴァイオリンの優しさが嬉しい。変奏部では、第4変奏のファゴットとチェロの何と甘いこと。そしてコーダは、神への祈りだろうか。最後までコントラバスの低音に支えられたいぶし銀の音場に身をゆだねながら、ゲシュトップホルンの最終音を迎える。
感謝!!



2019年2月9日土曜日

メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」_コンヴィチュニー


メンデルスゾーン、実は第5番目の交響曲、交響曲第3番イ短調 Op.56 「スコットランド」を聴く。コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管(1962年録音)。メンデルスゾーンが佇んだ「ホリルード寺院」の絵画とともに<ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール作>。
この序奏の弦楽群の音の素晴らしさは何だろう!哀愁漂う木管群をささえる、木肌感がありながら寂寞としたヴァイオリン群、深みと表情の豊かさを持つ低弦群。ノンビブラートがもたらす音の質感が、スコットランドの荒涼とした冷たさを感受させる。豊潤なコンヴィチュニーの一面を垣間見る(聴くヵ)ことができる。5分足らずの2楽章も面白い、バグパイプに通じるペンタトニック(「ソ」と「シ」抜き)のクラリネット。疾走感のあるこの楽章も好きだ。
第3楽章Adagio、翳りのある旋律は、やがて優しいまどろみへ変化してゆく。ピチカートに支えられゲヴァントハウス管の生真面目なヴァイオリン群の音質が、歌謡風になりそうなこの旋律に格調をもたらしてる。そしてコンヴィチュニーの巧みなルバートだけが、この旋律を艶っぽく歌わせる。
終楽章、イ短調。ここは、コンヴィチュニー、ゲヴァントハウス管の真骨頂だ。ティンパニーの勇壮さに乗せて時折見せる管楽群の咆哮。深みのある低弦群。中音域の厚みのあるオーケストレーション。もうすでにブラボーだ!終わりなきと思われた嵐のような音の波は寂しげなヴァイオリンの旋律で終息を迎え一瞬の全休符。そしてコーダ、テンポを落として6/8拍子になり、低弦が新しい旋律をイ長調で大きく歌う。この唐突でありながら意外性を持つ回転劇のような展開にあっけにとられながら一種の幸福感を感受。最高の一枚だ!





2019年1月12日土曜日

ブラームス ピアノ協奏曲第1番_ケンプ



久しぶりにブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調 Op.15を聴く。ケンプ(p)コンヴィチュニー;シュターツカペレ・ドレスデンによる1957年の録音(Mono)。ケンプの正規録音唯一の1番。第1楽章冒頭の序奏。少しゆっくりのテンポ、牡牛の行進の如き低重心の弦楽群の中から金管群の咆哮とティンパニーの地響。そこにはデモーニッシュな色彩が宿る。ケンプが如何に応えるのか?思わず息を飲む。しかしやはりケンプはケンプだ。繊細にして落ち着き払った音の粒。コンヴィチュニーはテンポを速めケンプを煽る。ケンプもしっかりした打鍵で見事に応えるが、流麗さはなく、華やかさもない。しかし、そんなことはこのコンビを選んだ時点で承知している。無骨さと繊細さをもち威圧感のない、東ドイツの田舎者の青年ブラームスの滾る思いが込められた第1楽章が聴きたかったのだから。これだ!
第2楽章、Adagio。優しい弦楽群の下降音に朴訥とした青年のようなファゴットが加わる。そして深い安寧と安らぎをケンプのピアノが引き継ぐ。セピア色、いや墨絵のようなこのモノローグを語るにあたり、このコンビは何と相性がいいのだろう。深い悲しみを湛えたメロディ。生真面目なケンプの音には静謐さが宿っている。
第3楽章、疾走感漂うピアノソロ。もたつきはするものの、何とか立ち上がる。その後ケンプの指は息を吹き返したごとく、よく動く。決して叩きつけるような威圧感をもたず、聴く者たちに疲れを感じさせない演奏といえばいいだろうか。さて一番好きな箇所は、コーダ直前のホルンから始まり木管群へと繋がりフルートが受け取る上昇音型。交響曲1番でも見せた、この自己陶酔型幸福感が堪らなくブラームスを愛くるしいと思う瞬間だ。そういえば今日は、一歩も外へ出なかったな。

2019年1月2日水曜日

ブラームス 交響曲第1番_ヨッフム



毎年、正月三箇日には「ブラ1」を聴くことにしている。何か諸々、時代が変わろうとしている2019年の初めに聴くブラームスの1番は何が良いか?迷った末に選んだのは、ヨッフム、ベルリンフィル:1953年録音。
第1楽章のゆったりとしたテンポから現れるテーリヒェンの打音。弦楽群の分厚さはまさにフルトヴェングラーの音。しかし「オドロオドロさ」は微塵もない。重厚感は失わず、それでいてどことなく明るい生気を感じるのだ。第2楽章の美しさは、速いテンポにもかかわらず弦楽群を充分に歌わせ、木管群の上手さを引き出している。濃厚なうねりの中で明日への「祈り」を捧げるかのよう。ボリースのソロもその繊細さがここでは生きる。終楽章は何と言ってもアルペンホルン直前のテーリヒェンの滾るティンパニーロール。そこからクララへのラブコール。アルペンホルンもさることながらニコレの澄み切ったフルート、それに続くトローンボーン・ファゴットの哀愁感は抜群。完璧な序奏だ。そして弦楽群の整然としながらも艶のある響きが第1主題以降快速に進んでいく。展開部でオーケストラの音場が際限なく広がりを見せる。そしてコーダにおける金管群の張りのあるファンファーレ。絶妙なアッチェラントからの怒涛の終結。明日からも頑張ろう!!

2018年12月24日月曜日

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲_モリーニ

今日は、年賀状作成、ふるさと納税で買った高圧洗浄機での窓・網戸の掃除、油まみれのガスコンロ横の洗浄などなど年末へ向けてひと働き。今より音楽Timeです。
ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26。
エリカ・モリーニ、フリッチャイ(指揮)ベルリン放送交響楽団
(1958年10月;ベルリン、イエス・キリスト教会)
第1楽章、ティンパニの静かな響きで始まり、木管の後、いきなり始まるカデンツァ。最低音のGから一気に駆け上がっていく切ないメロディ。モリーニは最後の一音まで芳醇だ。第1主題の力強さの何と「男前」なこと。第2主題の優美なメロディに入ってもモリーニにかかれば実に清冽なブルッフなってしまう。フリッチャイもザッハリッヒカイトな伴奏でモリーニを支える。切れ目なく始まる第2楽章は甘美な旋律と和音が広がるAdagio。モリーニのヴァイオリンは、変に甘くないところがいい。哀愁を漂わせながらそれでいて実に崇高だ。
第3楽章Allegro。民族音楽風の第1主題は勇ましくここでもモリーニの「男前」さと、その見事な指捌きを発揮。コーダに入っても全く緩みなく駆け抜ける爽快な演奏です。



2018年12月15日土曜日

マーラー 交響曲第6番_ミトロプーロス

今週は、のんびりの土日です。朝からマーラー 交響曲第6番イ短調「悲劇的」を聴いています。ギリシャの名匠ミトロプーロス指揮;ケルン放送交響楽団:1959年Liveです。NYフィルとのスタジオ録音も持っていますが、今朝はこちらをチョイス。NYフィルとの演奏では、Andanteが、2楽章に来ていますが、こちらは、Scherzoが2楽章です。
第1楽章、冒頭からかなり迫力ある音質で始まる。テンポは中庸だが、かなりアゴーギクを効かした味付け。中間部の音彩が意外と明るく吃驚。メリハリは十分。展開部のヴァイオリンソロ&ホルンの実に艶っぽい音にモノラルながら感服。
第2楽章、高速のスケルツォ。トリオに至るまで緊張感のある演奏。当時のケルンの実力に驚嘆。
第3楽章、アンダンテの優しさも一級品。弦楽群の美しさも際立っている。終結部は悲しみが波の如く押し寄せるようです。
終楽章は、変幻自在のテンポで七色に変化すると表現したらいいだろうか?ダイナミックさと繊細さを持ち合わせ最後まで突き進む。マーラー演奏の先駆者の一人、ミトロプーロスの情熱を感じる演奏です。ハンマーは、3回です。

2018年11月17日土曜日

ベートーヴェン ハ短調つながりで


毎月1.3週目の土曜日は、町内の防犯パトロールの日。やっと暗くなり拍子木や警備用の赤いライトが似合う季節に。
さて、パトロールを終えて夕飯までの間、ベートヴェン!!
最近ハマっているハンス・リヒター・ハーザーでピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37。ジュリーニ:フィルハーモニア管(1963年録音)。そして、ブッフビンダーの全集からソナタ5番ハ短調Op.10-1。この曲は第2楽章Adagioが大のお気に入り。そして、ソナタ第8番 ハ短調 Op.13 「悲愴」とピアノソナタ第32番 ハ短調 Op.111。
もうお判りでしょうか。今日は「ハ短調」繋がりで。