2016年2月7日日曜日

エルガー 「エニグマ変奏曲」

以前、モントゥーのドヴォルザーク7番は、私にとって最高の一曲と書いたことがありますが、実は、この1枚のカップリング曲 エルガー「エニグマ変奏曲」も、知る人ぞ知る名演です。今日は、この曲から始めたい。
14の変奏曲には、それぞれイニシャルが付けられており、奥さんや自分や友人をなぞらえた曲。しかし第13変奏曲だけは、イニシャルがない。まさに未だに誰なのか「謎:エニグマ」となっている。
そしてもう一つ「この変奏曲は、主題とは別の、作品中に現われない謎の主題も使われている」エルガーの言葉に基づく「謎:エニグマ」。何なのでしょうか?

2016年2月6日土曜日

シベリウス 交響曲第2番_モントゥー

今週は、木・金と2日続きの飲み過ぎで今日はゆっくり昼寝をしておりました。
やっと音楽鑑賞の時間です。
シベリウス 交響曲第2番をモントゥー:ロンドンフィルで。
さすが、DECCA。1959年録音であるが非常に良い音。
カップリングは、ホルストシュタイン先生:スイス・ロマンド管の「トゥオネラの白鳥」と「フィンランディア」です。ホルストシュタイン先生のN響での同曲の演奏も好評でした。(確か81年、90年)
モントゥーのシベリウスはこの2番のみ。
テンポは、自然体でありながら雄大そして決して重くならない。
低弦の使い方がうまい。艶としなやかさがある。特にピチカートなど渋いなぁと感じる。
立春も過ぎた頃なので、ガシガシの北欧風ではなく、こういったシベリウスがいいかも。

2016年1月31日日曜日

バッハ ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集

何だか、あっという間に日曜日の夕方です。昼からHuluで映画「墨攻」を鑑賞しておりました。
(映画館でも見たのですが)
日曜日の夕方に似合うのは、バッハかもしれない。
「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集BWV.1014-1019」
グリュミオー:サルトリ(チェンバロ)で聴こう。(全曲録音は2種あるが本盤は1度目の録音)こちらの方が、若々しい気が・・・。
グリュミオーの優雅な美音と時折見せる濃い艶やかな響きは堪りません。私の中でモーツァルトは勿論、バッハもやっぱりグリュミオーは外せないかなと思っております。
BWV.1017(4番)は「マタイ」の名曲「わが神よ憐れみたまえ」の旋律が出てきますよ。

2016年1月29日金曜日

チャイコフスキー 後期交響曲3連発!!

金曜日の夜は、やはりじっくりと音楽に浸りたい。
というわけでチャイコフスキー後期交響曲3曲連続鑑賞!!
いずれも個性的な名盤を並べてみた。
4番は、カール・ベーム:チェコフィル(ザルツブルグ音楽祭:1971)
5番は、モントゥー:北ドイツ放送交響楽団(1964)
そして6番「悲愴」は、私のベスト フリッチャイ:ベルリン放送交響楽団(1959)。
 4番は、78歳ベームの渾身のライブ。火の玉ベームのお通りだ。
2楽章のむせび泣き、チェコフィルの弦がまたいい。4楽章の一気呵成の追い込み。「恐れ入谷の鬼子母神」とはまさにこのこと。
 5番は、モントゥーのお得意のレパートリー。ボストン交響楽団のセッションもロンドンフィルとのウィーン音楽祭でのライブ盤も「名盤」といわれているが、今夜は、最晩年(88歳)の北ドイツ盤を選択。コクのある円やかな響き。まさにモントゥー・マジック。モントゥーらしさは、何といっても聴かせたい音(聴きたい音)がアンサブルの中から浮かび上がって聴こえてくるところだろう。2楽章は愛情たっぷり、4楽章のテンポの揺れは天下一品。
 6番「悲愴」は、病魔に侵されたフリッチャイの生と死の葛藤を感じざるを得ません。
第1楽章、これ程美しく哀しい第2主題は他にはないだろう。激情的な展開部に突入してもその弦の美しい響きには濁りが無い。その中での金管の慟哭。最後の木管のあきらめの嘆息。この1楽章だけで嗚咽してしまいます。
第2楽章、ニ長調の舞曲は死の影を忘れたかのような軽やかさ、しかしロ短調へ展開すると再び憂鬱な影がよぎる。
第3楽章、冒頭のスケルツォ主題は「タランテラ」。生へのこだわり、あがき、奮闘 にも聴こえる。
第4楽章、死に向かう魂の叫びを、切迫した心の襞をゾクゾクするほど感じながら聴かざるえない。

まさにチャイコフスキー「白鳥の歌」にふさわしい名演です。

2016年1月27日水曜日

モーツァルト 誕生日

本日は、モーツァルト生誕260周年の日。
モーツァルト・フリークとしては、平日と言えどもさすがに1曲は聴いておきたい。
英雄劇「エジプト王ターモス」K.345を聴こう。
これは、フリーメイソン色の強い作品であるといわれています。
「魔笛」の要素を持つ第2曲(第2幕間奏曲)、「ドン・ジョバンニ」を思わせる第7曲と将来の名曲の発端となった隠れた名作品ではないだろうか。
(この辺は、話せば長くなります)
演奏は、アーノンクール:コンセルトヘボウ管弦楽団(1980年)です。

2016年1月24日日曜日

ワグナー 寄せ集めだけど

サヴァリッシュ演奏するワーグナー「リエンツィ」序曲が好きです。
このCDは、ワーグナーの比較的聴かれない作品を集めたものです。
ハ長調 交響曲ではなく、第2楽章冒頭までしか完成していないホ長調の第一楽章も収められています。
ヴェーゼンドンク歌曲集がいいですよ。
「夢」は『トリスタン』第2幕の二重唱に、「温室にて」は『トリスタン』第3幕の前奏曲に楽想が使われています。
ミュンヘンでのベーム追悼コンサート(1981年11月1日)にこの「温室にて」「夢」は、サヴァリッシュの指揮で演奏されました。ちなみに私の大好きなR.シュトラウス:『四つの最後の歌』から「夕映えの中で」も演奏されました。
メゾ・ソプラノのマルヤーナ・リポヴシェクのまろやかで深みのある名唱が光ります。
「リエンツィ」序曲は、ウィーン交響楽団(1960)との演奏とは違いオーソドックスですが、弦楽の響きも金管の響きも一枚も二枚もうわて。
すごく楽しいCDです。

2016年1月23日土曜日

ドイツ・レクイエム 6

月に一度は、ブラームス「ドイツ・レクイエム」の時間がやってきました。
今日は、ミッチェル コルボ:デンマーク放送交響楽団&合唱団で聴きます。
コルボのドイツレクイエムは、とにかく柔らかく、暖かく包み込まれる感覚で好きです。合唱も美しい。

2016年1月17日日曜日

モーツァルト 教会ソナタ

モーツァルト 「教会ソナタ」を聴く。オルガニストは、マリー=クレール・アラン。そしてパイヤール室内管弦楽団。フランス風味の活き活きとした演奏を楽しんでいます。「教会ソナタ」単一楽章で17曲。すべて長調です。「使徒書簡のためのソナタ Sonata all'Epistola」ともいいます。使徒書簡のためのソナタとは、グロリアとクレドにはさまれたミサの間にオルガンと一緒に演奏される短い器楽曲で、 モーツァルトの教会ソナタはコロレド大司教の時代に司教座聖堂の典礼に用いられたものです。15番は、「戴冠ミサ K.317」のソナタ、17番は「ミサ・ソレムニス K.337」のソナタであろうと推定されています。特に17番は、まさにオルガン・コンチェルトのようです。カデンツァまでついています。聴いていて楽しいです。

2016年1月16日土曜日

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番&5番_ムター

久し振りに「飲み過ぎ」で我が家についてすぐにリビングのソファで爆睡。
またまたこんな時間に眼が冴えてしまいました。
まもなくモーツァルトの生誕260年ですね(1/27)。
今日は、モーツァルト ヴァイオリン協奏曲3番.5番を聴きます。
いつもは、大好きなグリュミオーですが、今朝は、同級で無類のムターファン「本多氏」にあやかり、ムター様で。ムターの弾きぶり(ロンドンフィル)<2005年録音>から。
ちなみにムターのカデンツァは、1番:ジット,2番:フランチェスカッティ,3番:フランコ,4番:ヨアヒム,5番:ヨアヒム,オシップ・シュニルリン新版。協奏曲第3番は、ご存じカラヤンとのザルツブルグでのデビューの曲でもある。
adagioを聴いているとムター様もモーツァルトを愛してやまないのがよくわかります。

2016年1月11日月曜日

Facebookグループ「クラシックを聴こう」コンサート

今日は、Facebookグループ「クラシックを聴こう!」(非公開)のコンサートと打ち上げを兼ねた懇親会がありましたので、参加しました。このグループは、4000名強の一大グループです。今日は在京中心に100名程のクラシック好きが集まりました。演奏は、プロ、セミプロ、アマチュアと様々。大変和やかな会でした。




2016年1月10日日曜日

モーツァルト 弦楽五重奏曲集_グリュミオートリオ


今朝は、大好きなグリュミオー・トリオでモーツァルトの弦楽五重奏曲を聴こう。モーツァルトのグリュミオーがやはり一番いい。コリン・デーヴィス:ロンドンフィルとのヴァイオリン協奏曲第5番を聴いて「グリュミオー」のファンになり、それ以来「モーツァルト」と言えば「グリュミオー」です。(といっても他も持っちゃっていますが・・・)
この弦楽五重奏曲も秀逸。明るく伸びやかな音色も、かの「tristesse allante」も極端な暗鬱さにならず、ただ儚く美しい響き。
しばし、堪能します。
さて、このCD裏面の曲番に注目です。
通常2番のK.406(516b)を4番に、通常の3・4番であるk.515、K516を一つずつ繰り上げています。
K.406(516b)の元である「管楽セレナードK.388 (384b) 」の作曲が1982年で、k.515、K516に遡ること5年前であることに起因しているものと思われます。通常は、それを2番に置いているのです。
ここでは、k.515、K516を書き上げた後に、弦楽五重奏に編曲されているので4番としているのでしょう。
PHILIPSは、別々の発売CDでは、k.515、K516を3・4番に置いているのに不思議です。

2016年1月9日土曜日

シューベルト ミサ曲

昨晩は、ラヴェルのピアノ曲全集(パスカル・ロジェ)やピアノ協奏曲(フランソワ)などを聴いてすっかり夜更かし。
今まで昼寝をしておりました。
というわけで、こんな時間にミサ曲を聴き始めました。
シューベルト ミサ曲5番・6番(サバリッシュ; スタッツカペラ ドレスデン:ライプツィヒ放送合唱団)<1971年録音>。
1971年当時の旧東ドイツを代表するソリストを集めての名演です。5番アニュス デイ前半部 6番キリエ の子守歌ような優しさが好きです。

ラヴェル ピアノ協奏曲_フランソワ


ラヴェルの「ピアノ協奏曲 ト長調」。
所有しているは、3種類。
①ミケランジェリ:グラチス+フィルハーモニア管、
②パスカル・ロジェ:デュトワ;モントリオール管 
そして今宵(もう夜更けですが)は、③フランソワ:クリュイタンス+パリ音楽院管弦楽団(1959年)で。
楽しい第一楽章、やはり展開部の切れ味は超一級品だ。
白眉の第二楽章も素敵です。星屑が本当に降り注ぐような高音のアルペジオ。グッときます。
そして、もう1曲「左手のための協奏曲」です。これがまた凄いなぁ。

2016年1月3日日曜日

ムラヴィンスキーの凄技

昨日はゴルフの疲れで、夕方から爆睡。こんな時間に眼が冴えている。
丑三つ時の一枚。ムラヴィンスキー:レニングラードフィルによるベートーヴェン 交響曲第4番 変ロ短調 Op.60、チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 Op.64 (1973.4.29 レニングラードフィルハーモニーホールLIVE)を聴こう。
同年5月東京公演で、度胆を抜いたと言われるムラのベト4の1か月前、同様にキリリと引き締まったテンポから生まれる美しい弦の響きが素晴らしい。第2楽章も甘さ控えめの中でも、意外にもテンポを揺り動かして歌うところは歌わせている。貴重な演奏。
そして十八番(おはこ)、名盤60年盤にも劣らぬ金管の炸裂する緊迫のチャイ5。こちらも、流石と言わざる得ない。特に2楽章は、とかく甘さに流されてしまいがちなカンタービレを、内にロシアの大地の厳しさを感じさせるにたる演奏。まさにこれがロシアの音なのだろう。4楽章の劇的なエンディングもワクワク感満載。

2016年1月1日金曜日

ブルックナー 交響曲第8番_ケンペ

あけましておめでとうございます。
2016年最初の1枚(2CDですが)は、やはり大好きなブルックナー 交響曲第8番 ニ短調から始めたいと思います。
今日は、昼から、かみさんと娘は、かみさんの実家へ、息子は元日からバイト よって大音量にて聴けるのがいい。
チョイスは、ケンペ指揮:チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団(1887年稿および1890年稿・ハース版)。(1971年)
品格あるケンペのブル8、トーンハレ管のブラスセクションの豪快にして、でも冷静な鳴りっぷり、甘くなり過ぎない弦の響き。御馳走様!!


2015年12月31日木曜日

マーラー 交響曲第3番_ノイマン新盤

2015年最後の一枚(2CDですが)はマーラー 交響曲第3番 ニ短調  ノイマン:チェコフィル(1994年録音:新)。チェコフィルの美しい弦、ホルン・トランペットの音色を聴きながら今年の最後の曲としたい。ノイマン史上屈指の演奏だと思っている第6楽章に酔いしれて、良いお年を!!

ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」_フルトヴェングラー

昨日、今年の仕事納めでしたので、大晦日やっとゆっくり「第九」を聴くことができます。
フルトヴェングラー:フィルハーモニア管弦楽団/ルツェルン音楽祭合唱団:エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)、エルザ・カヴェルティ(アルト)、エルンスト・ヘフリガー(テノール)、オットー・エーデルマン(バス)<1954.8.22 ルツェルン音楽祭公演>。
51年「バイロイトの第九」ではなく、こちらを選んだのは、やはり音質であるが、好きな3楽章の差でもある。兎に角「第九における3楽章」のプライオリティは私にとって大きい。また、音の色(暗の比重)としか言いようがないが、この「第九」は、大地そのものの、そして生きとし生けるものすべてが歓喜にいたる、苦悩と安寧が織り込まれていると勝手に思っている。
だから大晦日は当盤を聴く。

2015年12月27日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第15番_カサドシュ

今朝の音楽は、Robert Casadesus plays Mozart」より、ピアノ協奏曲第15番&17番を聴きましょう。セル:クリーブランド管(1968年録音)。
20番台は勿論名曲ぞろいですが、この15番も傑作と呼ばれるもので、大のお気に入りです。
チャーミングなオーケストラで始まる第1楽章は、流れるようなピアノが加わることで、その魅力は倍増します。移り行くパッセージの中で木管が顔を覗かせることで更にシンフォニックな要素を高めます。
第2楽章は、なんて美しのでしょう。モーツァルト独特の「赦し」のメロディ。全ての人々の心に「安らぎと慈愛」をもたらすでしょう。
第3楽章は、ご存じ映画「アマデウス」にも使われました。ザルツブルグから出てきた父レオポルドと再会する直前、市場をワイン片手に飲みながら闊歩するシーンです。活き活きとした舞曲風のメロディーが、ウィーンによく合います。(ウィーンに行った事は無いが・・・早く行きたい!!)
15番と言えばミケランジェリですが、今朝は、昨夜のセルつながりでこちらを選びました。


2015年12月26日土曜日

ブルックナー 交響曲第8番_セル

久し振りにブルックナーを聴いている。
セル:クリーブランド管にて交響曲第8番。
セルのブルックナー? と言われる方もいるかと思いますが、やはりというべきか「あり」です。
第1楽章の透明感のあるサウンドと堂々たる弦楽の刻みが緊迫感を高めています。遅めのテンポの第2楽章も何度も聴くとこのテンポがいいのだと思ってしまう。
第3楽章Adagio これは実に素晴らしいです。セルの静謐さと気品がすべてこの楽章には顕れているようです。
第4楽章 あそこのティンパニーはもっと来てほしいが・・、フィナーレの荘厳さはさすがセルというべきか。
3番も良いのでまたいずれ書きます。

2015年12月23日水曜日

バッハ クリスマス・オラトリオ


夜中に、かみさんがごそごそとクリスマスツリーを飾っています。もう少し早く出してもいいのでは・・・
ということで今朝の音楽は毎年お馴染みのバッハ「クリスマス・オラトリオ BWV.248」で。ガーディナー:イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団(1987)。
「クリスマス・オラトリオ」
でも実は、クリスマスだけに演奏される音楽ではない。
キリストの生誕をお祝いし、生誕日から13日間の6つの祝日のための典礼的な音楽である。
1-6部まであり、
第1部 降誕節 第1祝日(12月25日)用 全9曲
第2部 降誕節 第2祝日(12月26日)用 全14曲
第3部 降誕節 第3祝日(12月27日)用 全13曲
第4部 新年(1月1日 キリストの割礼と命名記念日)用 全7曲
第5部 新年後の主日(日曜日:1月2日から5日の間の日曜日に限る)用 全11曲
第6部 主顕節(顕現節 1月6日)用 全11曲 となる。
今朝はとりあえず、第1部を聴きましょう。

2015年12月20日日曜日

ブルックナー 交響曲第5番_チェリビダッケ

今朝は、1986年来日時のチェリビダッケ:ミュンヘンフィルの演目から、ブラームス;交響曲第4番」「ブルックナー;交響曲第5番」を聴いてしまいます。
調べてみると、1986年はすごい年なんですね。
小澤:ボストン、ショルティ:シカゴ、マゼール:ウィーンフィル、クライバー:バイエルン国立、フェドセーエフ:モスクワ放送、ヨッフム:コンセルトヘボウ、小澤:ベルリンフィル(カラヤンの代わり)などなど。
指揮者だけでは、スイトナー、ザヴァーリッシュ、ブロムシュテット、フルネ、マーク、ライトナー、ピンカス・スタインバーク、ノイマン、ケーゲル、レークナーとお馴染みの指揮者が勢ぞろいです。
当時は上記来日目白押しの中で、さほど注目されていなかっであろうが、今ではチェリの名演中の名演として残っているんですね。
それでは、暫くさようなら。

2015年12月19日土曜日

ドイツ・レクイエム 5

月に一度は聴いてしまうブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。今夜は、セル:クリーブランド管&合唱団 グンドラ・ヤノヴィッツ(Sp)、トム・クラウゼ(Bar) - 1969年LIVE(海賊版)で。さすがに音はあまりよくない。セルのドイツ・レクイエムは珍しいので愛聴。クリーブランド合唱団は意外といっては失礼かもしれないが、かなりハイ・レベル。(私が知らないだけだろう)独唱もヤノヴィッツ、クラウゼとくれば言う事なし。
セルの音には、陰鬱さは無くしかし厳粛に、そして第6曲は極めてドラマチックに。終曲は優美に聴かせます。

2015年12月13日日曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番_グルダ


今朝の一枚。
グルダ:ホルストシュタイン+ウィーンフィルの「ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番 ト長調 Op.58」。強弱共によどみなく色彩豊かなグルダの音色が活かさせた演目ではないでしょうか。4番の美しさを教えてくれたのがこのグルダの演奏です。

2015年12月12日土曜日

リヒャルト・ストラウス_メタモルフォーゼン_4つの最後の歌


今朝の音楽。リヒャルト・ストラウスです。
50を越えたあたりから、すっかり嵌ってしまっている2曲。
まずは、「メタモルフォーゼン」をコンヴィチュニー:シュターツカペレ・ドレスデンで。
「メタモルフォーゼン」は、23の独奏弦楽器のための楽曲で、第二世界大戦によってドイツの町並みや農村の風景などが破壊されて行き、自作の初演が行われた多くの劇場や音楽会堂も次々と瓦礫と化していく中で、ドイツの歴史や古くからの文化、伝統の喪失に対する悲しみや、崩壊していく祖国への惜別の思いを表現しています。有名なベートーヴェンの「エロイカ」の葬送行進曲の動機が根幹となっています。

そして「4つの最後の歌」。ヤノヴィッツ(S):カラヤン:ベルリンフィルを。
カラヤンを聴かない私の唯一のカラヤンのCD。
グンドラ・ヤノヴィッツの声が聴きたくて持っている。
ヤノヴィッツといえばヨッフムのオルフ「カルミナ・ブラーナ」の<In trutina>の独唱を思い浮かべる方も多いかと。
「4つの最後の歌」は、エリーザベト・シュヴァルツコップという人もいるかと思うが、やはり私の中ではヤノヴィッツが最高峰である!!。
アイヒェンドルフの詩による4曲目「夕映えの中で」。
~私たちは苦しみと喜びとのなかを
 手に手を携えて歩んできた
 いまさすらいをやめて
 静かな土地に憩う
 まわりには谷が迫り
 もう空はたそがれている
 ただ二羽の雲雀が霞の中へと
 なお夢見ながらのぼってゆく
 こちらへおいで ひばりたちは歌わせておこう
 間もなく眠りのときが来る
 この孤独の中で
 私たちがはぐれてしまうことがないように
 おお はるかな 静かな平和よ!
 こんなにも深く夕映えに包まれて
 私たちはさすらいに疲れた
 これが死というものなのだろうか?~
と謳う。
二羽の「雲雀」はフルートにより表現され、最後には深い夕映えの中に静かに高らかに天に昇っていきます。
死は本来は孤独なもの。しかしここにアイヒェンドルフによる理想の死が、死を間近にしたシュトラウスにより美しくも儚く表現されています。

2015年12月6日日曜日

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲_ケンプ・シェリング・フルニエ

夕食までの束の間、ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲 5番、7番」をケンプ・シェリング・フルニエの名手達の演奏(1970)で聴く。
今年タワーから全集が出ているので、大好きなボザール・トリオに次いでいずれ買うつもりです。「大公」好きですなぁ。
ケンプの柔らかな音とフルニエの品格ある低弦、艶のあるシュリングのヴァイオリン。すべてがこの曲の優雅さと気品をもたらしています。