モーツァルト:カンタータ「悔悟するダヴィデ」k.469
ネビル・マリナー(C)マーガレット・マーシャル(ソプラノ)イリス・フェルミリオン(ソプラノⅡ)ハンス・ペーター・ブロホヴィツ(テノール )シュトゥットガルト放送交響楽団、南ドイツ放送合唱団を聴く。ハ短調ミサ曲k.427に2曲の新たなアリア(第6、8曲)加え、イタリア語(ダ・ポンテのテクストとされている;マッテイ『聖書の詩篇集』)の歌詞にて演奏されたことで有名。すなわち知っている人は知っている。
モーツァルト:カンタータ「悔悟するダヴィデ」k.469
ネビル・マリナー(C)マーガレット・マーシャル(ソプラノ)イリス・フェルミリオン(ソプラノⅡ)ハンス・ペーター・ブロホヴィツ(テノール )シュトゥットガルト放送交響楽団、南ドイツ放送合唱団を聴く。ハ短調ミサ曲k.427に2曲の新たなアリア(第6、8曲)加え、イタリア語(ダ・ポンテのテクストとされている;マッテイ『聖書の詩篇集』)の歌詞にて演奏されたことで有名。すなわち知っている人は知っている。
モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑧
弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K.428 (421b)、ハーゲン弦楽四重奏団<199.5録音>にて聴こう。
冒頭からして如何にこの時代に異質な表現であったから伺える、4人のユニゾンによるオクターヴに上昇するテーマ、あれ確か変ホ長調だよねと首をかしげたくなる。ハーゲンSQは、ノン・ビブラートに近い澄んだ音色と、完璧にコントロールされた強弱の移ろいが素敵だ。また、アーティキュレーションを鋭敏に捉え、フレーズの語り口に独特の「間」や「溜め」を作ることで、古典派の音楽に現代的な緊張感を与えている。K.428は、ハイドン・セットの中でも半音階的な書法が多用されており、内声(第2ヴァイオリンとヴィオラ)の動きが非常に重要だ。ハーゲンSQは各パートの独立性が極めて高く、内声部が浮き彫りになる点でK.428にはぴったりだ。第2楽章、アンダンテ・コンモートは、単に美しさだけでなく翳りの和声の変化に対応できるかが勝負だ。チェロの上昇3和音の形が音程を変えながら延々と続くのが好きだ。これに上声部が半音で動くことで生じる「不協和音の解決」が連続し、これが、モーツァルト特有の「甘美な痛み」や「ため息」のような表情を生んでいる。第3楽章、メヌエット、アレグロは、Trioだ!変ロ長調に転じ、半音階を多用したテーマを各パートがカワリベンタンに歌う。ハイドンへのオマージュを感じる部分だ。ちなみに16番は、17番<狩り>よりも後に書かれたらしいっす。
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番変ロ短調OP.23, サー・クリフォード・カーゾン(P)サー・ゲオルグ・ショルティ;ウィーンフィル<1958年録音>を聴く。カーゾンと言えば、私の中ではモーツァルト27番だが、今回は、この奇天烈な組み合わせによる、これまたチャイコフスキーというミスマッチな作品を・・・。
しかし、ともにサーの称号を持つ2人の競演+デッカ&カルショーの録音。予想通りの「静と動」の対比が独特のテンションを引き起こしている。カーゾンの打鍵のパーカッシブな質感がリアルに捉えられているだけでなく、弦楽群のシルキーな手触りや、木管楽器の芳醇な響きも失われていない。とても1950年代とは思えない録音。フルパワーのショルティの引張りにカーゾンもウィーンフィルもよく堪えたなという気もする。第2楽章、ニーダーマイヤーのフルートがいい!!カーゾンの端正なピアノに寄り添う、あの「古き良きウィーン」を感じさせるフルートの響きは、まさにニーダーマイヤー時代のウィーン・フィルならではのものか。中間部で聴かれるヴァイオリンの旋律は、ボスコフスキー特有の柔らかく、かつ気品のあるヴィブラートやねぇ。カーゾンの流れるような音の粒、よかとです。終楽章、高速パッセージを余裕ぶっこいてこなすカーゾンのクールさは、たまらんです。
何故か爽快さの残る異色の名盤です。
シューマン:交響曲第2番 ハ長調 OP.61、エルネスト・アンセルメ指揮 スイスロマンド管弦楽団 (録音:1965年4月<Decca>)にて聴く。
各楽器の個性を際立たせるアーティキュレーション、モダンで明晰な演奏といえよ う。ゲルマン的かといえば、真逆であるのは当然と言えば当然か。特にこの2番ではトロンボーンとオーボエに着目してみた。シャポ率いるトロンボーン軍団は、極めて磨 き抜かれた真鍮の輝きを放つ。獺祭 でいえば、「二割三分」の超高精米。それが気品 ある輝きを放つ。リヴィエのオーボエは、旋律の輪郭が非常に鋭く、決して背景に埋 もれない。そしてアダージョのソロは、過度な感傷を排し、純度の高い謡い方で、悲 哀ではなく、高貴な寂寥感を感じさせる。リヴィエのオーボエやペパンのフルートが 持つ「細身で鮮やかな音」に対し、金管が「硬質で鋭い音」を重ねることで、オーケ ストラ全体の響きが多層的なパノラマのように広がる。オーケストラの「分離の良さ」 はDeccaの録音に支えられ、アンセルメが構築した音楽を見事に再現しているといえるだろう。
ベルリオーズ 幻想交響曲 Op.14:ポール・パレイ(C)デトロイト交響楽団<1959年録音:Mercury>にて聴こう。お得意のMercury盤です。言わずと知れたパキッとした名録音。ミュンシュもいいがパレーもネ。
ドヴォルザーク 交響曲第5番ヘ長調OP.76,B54 、ビエロフラーヴェク(C)BBC交響楽団<2006年録音>にて聴く。ビエロフラーヴェクは、録音された2006年に首席指揮者に就任している。
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番&4番、カサドシュ(P)、ベイヌム(C)コンセルトヘボウ管弦楽団<1959年3月録音STEREO>を聴く。どうやらベイヌム逝去1が月前の演奏のようだ。
久しぶりにマーラー交響曲第5番嬰ハ短調 レヴァイン(C)フィラデルフィア管弦楽団 、フランク・ケイドラベック(TP) メイソン・ジョーンズ(HR)<1977年録音>を聴きたくなった。
カティア・ブニアティシヴィリ 弾き振り! 『モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番&第23番、ピアノ・ソナタ K.545』(アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ)。またまたH氏より音源を頂いた。
シューベルト 交響曲第5番変ロ長調 D.485、スクロヴァチェフスキ(C)ミネアポリス交響楽団(1962年;Mercuryレーベル)
ブルックナー交響曲第6番イ長調 WAB.106(原典版)、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団(1997年録音)で聴く。
モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑦
ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調 Op.88 , B. 163、ビエロフラーヴェク(C)チェコフィルハーモニー(1992年録音)で聴く。
シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47 クーレンカンプ:フルトヴェングラー;ベルリンフィル(1943年録音)。この時代にしては、録音も結構いけてる。北欧らしいのかと問われれば、ウーンとなるが、極めてロマンチックな演奏。フルトヴェングラーは、かなり寄り添い型のバックアップでオーケストラは低重心でこの時代の粗削りな面も見せており面白い。カデンツァは、現在一般的に聴かれるのは1905年の改訂版。シベリウスはこの曲の構成上、カデンツァを非常に重視していたため、自ら楽譜に書き込んでいたのでほぼどの演奏も1905年版だろう。ちなみに1903年初稿版はとてつも長く、気が遠くなるほど難しかったので、1905年版で整理されたようです。
ブラームス: ドイツ・レクイエムを聴く 44
ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.28 グリュミオー(Vn)ハイティンク:コンセルトヘボ管弦楽団(1962年録音)で聴く。グリュミオーはこの曲を3度録音しているが、これは真ん中の2度目のもの。ちなみに1回目→パウムガルトナー指揮、ウィーン交響楽団(1950年)3回目→ワルベルク指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1973年)である。低中音から高音域に至るまで隙なしのグリュミオーならではの美音と丁寧なビブラート、ヘボウ管のこの時代の弦楽、木管の柔らかな音色を聴くことが出来る。
メンデルスゾーン 交響曲第1番ハ短調Op.11、ハイティンク(C)ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(1978年録音)で聴く。
ワーグナー 歌劇「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」ドレスデン版、フランツ・コンヴィチュニー指揮 シュターツカペレ・ベルリン/ベルリン国立歌劇場合唱団、 ハンス・ホップ(タンホイザー)ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ヴォルフラム)エリーザベト・グリュンマー(エリーザベト)マリアンネ・シェヒ(ヴェーヌス)ゴットロープ・フリック(領主ヘルマン)フリッツ・ヴンダーリヒ(ヴァルター)ゲルハルト・ウンガー(ハインリヒ)(1960年録音/EMI盤<西独エレクトローラ社・東独エテルナ共同制作>:ベルリン、グリューネヴァルト教会)を聴いている。「タンホイザーー・・」には、ドレスデン版・ウィーン版・パリ版とあるのです。ベルリンの壁が作られる前で、東西の歌手が入り乱れての録音は興味深いです。
モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑥
チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調OP.36 ハイティンク(C)コンセルトヘボウ管弦楽団(1978年録音)で聴く。劇的なカタルシスや「爆演」をお好みの方は無視してください。「大人じゃん」のオーケストラーの質の高さと統一感をまとった極上の演奏かと。「コンセルトヘボウの奇跡」と呼ばれた木管群の品格、特に第2楽章冒頭のハンス・マイヤーのオーボエ、グッときます。第3楽章のピッツィカート演奏の巧さも必聴!
ショパン ピアノ協奏曲第1番ホ短調OP.11 ポリーニ;クレツキ+フィルハーモニア管弦楽団(1960年録音)ポリーニ18歳、ショパンコンクール優勝直後の録音、を聴こうか。ちょうど生まれた年の録音であるのが郷愁を余計に誘うが、ど素人からしてもやはりポリーニは凄いなと思う。此れ聴いてからは、しばらくは他のものは聴かない時期がありました。
今年も新年一発目は、ブラームス交響曲第1番ハ短調Op.68。かのパリ管ではなく、ミュンシュ(C)ボストン交響楽団(1956年録音)で。男気溢れるミュンシュのストレートな熱気ある演奏。新年にふさわしいボストン管の金管群に拍手!
ドヴォルザーク 交響曲第6番ニ長調Op.60B.112 ケルテス(C)ロンドン交響楽団(1965年録音)にて聴く。ドヴォの交響曲1-6番ってめったに聴かないから、年末に聴いてみる。ブラームスはドヴォルザークが国際的な名声を上げていくいわば恩人である。この6番はブラ2っぽさをよく取り入れているのは有名だ。そもそも二長調だから、その気満々だ(ドヴォの交響曲唯一のニ長調)あっここ!ここも!ってな具合だ。特に第4楽章は何をかいわんやレベル。(知らない方は1回聴いてもらいたいくらいだ)第2楽章の優しい雰囲気は、メロディメーカーたるドヴォの真骨頂、そして第3楽章スケルツォいや「フリアント」(2拍子×3」の後に「3拍子×2」)がドヴォらしい民族的な要素を際立たせる激しさを纏った民族舞曲だ。7-9番に隠れてしまっているが、ドヴォらしさを感じる名曲だ。