2020年4月18日土曜日

シューベルト ミサ曲第2番&スターバト・マーテル_ケーゲル



シューベルト ミサ曲第2番 ト長調 D.167とスターバト・マーテル ヘ短調 D.383 を聴いている。 ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプツィヒ放送交響楽団・合唱団(1983年録音)。元々合唱音楽出身のケーゲルの宗教曲は、ドイツ・レクイエムに代表されるように質も高く荘厳さが重視されどれも美しくお気に入りだ。
ミサ曲2番は。キリエは、流麗かつ哀愁を持つシューベルトらしい曲で、ソプラノの独唱が配され一つの歌曲のようである。グロリアは、いきなりの上昇音階で湧き上がるコーラスは、さぞかし楽しかろう。クレドは、独特の4拍のリズムをきざみ(拍子は2/2)信仰の告白のコーラス。その裏で流れる弦楽の流麗さがお気に入り。中間部のコーラスは高揚感をもって歌い上げる。サンクトゥスは、和声的な「サンクトゥス」とフガートの「ホザンナ」の対比を楽しみたい。だがあっという間に終わる。ベネディクスは、ソプラノの美しく優しい独唱に続き、テノールが乗っかり。最後にベース登場。後半はアレグロで、コーラス陣の活気あふれる賛歌。アニュス・デイは、ソプラノ・ベース・ソプラノの独唱に導かれコーラスが3たび応える。ここには、第6番アニュス・デイのような暗黒面は存在しない。只々美しい。
次にスターバト・マーテル。
シューベルトには、ト短調 D.157というもう一つ「スターバト・マーテル」がある。こちらは、ラテン語で、今日聴いている ヘ短調 D.383 は、ドイツ語によるもの。スターバト・マーテル(聖母はたたずめり)は、ヤコボーネ・ダ・トディの詩(ラテン語)を用いて作曲するのが通例であるが、シューベルトは、ドイツ語歌詞の為、併せてドイツの詩人で神学者であるクロップシュトックの詩(少し自由)を用いたとされている。荘厳で深々とした出だし、情感豊かな独唱、慈愛に満ちた曲想。特に好きな第5曲は、女声部のみで始まり、混声になることで哀歌の重みが増す。後段も女声部のみで始まるが、そこには希望の光が見えるだ。ホルンをうまく用い弦楽は終始お休み。第6曲は、テノールの独唱をオーボエが裏で支えるという構成。こうして天才シューベルトならではの色彩感の中で進んでいく。
家にばかりいるので、どうしてもクラシックの寄稿が増えるが致し方なし。

モーツァルト 協奏交響曲 K.364_デュメイ&ハーゲン

モーツァルト 協奏交響曲変ホ長調 K. 364(K6. 320d) を聴こう。モーツァルト中マイベスト5に入る曲だ。今日は、繊細かつ甘美な音色が持ち味のオーギュスト・デュメイとハーゲン弦楽四重奏団の創設メンバーのひとりでヴィオラ奏者ヴェロニカ・ハーゲンでいこう。オーケストラは、ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ。協奏交響曲 sinfonia concertante とい_
dhimeiうジャンルが当時パリやマンハイムで流行していてモーツァルトも手掛けたが残念ながら完成され残っているのはこの曲のみである。独奏ヴィオラはスコルダトゥーラ(半音上げの調弦)が指定されており、楽譜は逆に変ホ長調の半音下のニ長調で書かれている。これにより独奏ヴィオラは張力が増し響きが華やかになると同時にニ長調により多くの開放弦(ソ・レ・ラ・ミ)で倍音が増すのだ。2つの楽器が同等になることでクッキリと音色を浮かび上がらせる工夫がなされている。
第1楽章は、意気揚々とした雰囲気で始まります。独奏ヴァイオリンとヴィオラの登場では、オークタブ離れた2つの楽器が同時にメロディを演奏するので独特の輝きがあります。
実はこの第1楽章にある独奏、一瞬ですが映画「アマデウス」で使われています。サリエリが楽譜を落とすシーンと言えばわかる人もいるかと。
さて第2楽章、この曲の肝です。(2枚目写真冒頭楽譜)これほど深い憂いに満ちた旋律があるのでしょうか。それでいて優しさに包まれているような感覚。この第2楽章が私がモーツァルトに心酔した一番の要因です。これこそがモーツァルトの真骨頂だからです。
第3楽章は、一転してプレスと表記の華やかなロンド。短いながら2つの独奏の掛け合いが面白い。ある時は寄り添い、ある時はヴィオラが先を行くのが面白い。
やはりかけがいのない1曲である。



2020年4月14日火曜日

ハイドン 交響曲第98番_セル

今日は、久方ぶりにハイドンを聴こうか。
交響曲第98番 変ロ長調 Hob.I:98。セル、クリーブランド管弦楽団(1969年録音)。一説にモーツァルトの死を悼んで作られたというこの交響曲が一番のお気に入り。
第1楽章、序奏。何故か短調の弦楽群で始まるのが印象的だ。
第2楽章、イギリス国歌のオマージュと言われているが、私には、モーツァルトの「戴冠ミサ曲」のアニュス・デイ、「フィガロの結婚」の第3幕のアリア伯爵夫人の「楽しい思い出はどこに」にしか聴こえない。また、再現部での対旋律を奏でるチェロの独奏がカッコよすぎて堪らない。
第3楽章、華やかなメヌエットをフルートとファゴットの独奏が彩を添える。
終楽章、飛び跳ねるような軽やかな曲想。展開部では、弦楽合奏となりヴァイオリンの独奏が終結の主題を奏でる。そしてコーダの後、このまま終わるかに見せかけて突然チェンバロが11小節だけ登場。(ここでは、腕自慢のセルが弾いているのだと思うが)そして本当の終結へ。憎い演出。


2020年4月12日日曜日

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲_ゲオルギエヴァ

ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61」を聴く。、ミラ・ゲオルギエヴァ;ロッセン・ミラノフ(指揮)新ソフィア交響楽団【1999年、ブルガリア・ソフィア国民文化会館ライブ】。ミラ・ゲオルギエヴァはブルガリアのソフィア生まれ。わずか10歳で旧チェコスロヴァキアのコチアン国際コンクール、12歳でイタリア・ボローニャのモーツァルト・コンクールに優勝した「ブルガリアの妖精」。ちなみに現在は43歳(写真は20代)。日本にも何度も来日しているので馴染みの方もいるかと。ほとんど無名の指揮者と楽団であり、彼女もさほど有名ではない。しかし何故かこの白熱のライブだけは「通」の間では評価が高く有名なのだ。とにかく艶のある美音のベートーヴェンを聴きたいなら彼女はうってつけだ。現在には、西南ドイツ放送交響楽団のコンサート・ミストレスをしていたりするのも興味深い。
特に第二楽章の変奏曲は、素晴らしい。ベートヴェンの中でも群を抜いて「穏やか・安らぎ」の主題を弱音の弦楽群が奏でると、ゲオルギエヴァの美音がホルンとクラリネットとそして続いてファゴットの周りを艶やかに動き回る。そして中間部以降の音色も息を飲むほど美しい。
終楽章の切れ味も抜群だ。この楽章は、やや感傷的な第2副主題のところが好み。最近お気に入りのライブである。



2020年4月8日水曜日

ベルリオーズ 幻想交響曲_クーベリック



ベルリオーズ「幻想交響曲 OP.14(H.48)」クーベリック;バイエルン放送交響楽団(1981年ライブ)にて聴く。これは、意外な取り合わせ。
ヨッフムを継いだ後のバイエルンを急成長させたクーベリック【78年まで首席指揮者】との相性は、退いた後でもやはり本物であった。【79-81年は首席指揮者不在】
第一楽章、テンポはゆっくり目。木管に続く弦楽の揺れ、コントラバスの重厚感、「イデー・フィクス」に突入してもその唸る弦楽群の強めのボーイングが主人公の憂鬱を顕す。
クーベリックがかなり振幅を聴かせドラマチックに構成するが、バイエルンは重心が低く浮ついたところが全く見えないのは流石だ。17年間のコンビの成せるバランスか。
第二楽章、ポルタメントが若干気になるが、情感を込めたワルツの展開。弦楽群は、ピチカートにも余念がなく一音一音が美しい。後半のテンポ早目。木管で思い切りためを作ってのエンディング。
第三楽章、アダージョの緩徐楽章。「田舎の夏の夕方、彼は遠くで2人の羊飼 いが笛でお互いに呼び合っているのを聴く」。ステージ上のイングリッシュ・ホルンと、舞台裏 のオーボエによる、空間的な遠近法が楽譜に指示されてるのだ。中間部の美しい弦楽と恋人の主題後のおどろおどろしい弦楽の使い分けは見事。遠雷。ここは、打楽器をリズム楽器としてではなく、「和音楽器」として使う ベルリオーズの真骨頂だ。バイエルンのティンパニーは図太い。
第四楽章、少しゆっくり目で決然とした出だし。トランペットのバランスも「ちょうどいい」。クーベリックはここでは、かなり冷静だ。低弦が効いててどっしり感がある。
終楽章、「サバトの夜の夢」。このライブ盤の秀逸性はこの楽章にある。サバトとはヴァルプルギスの魔女の宴会のことで、4月30日から5月1 日にかけての夜に行われるという。 「恋人の旋律が聴こえてくるが、今やグロテスクで卑しい踊り。彼女は悪魔の宴に加わる」。小クラリネットによって「恋人の主題」が姿を見せるが、下品な表情に。彼女も化け物になっているのだろうか。金管群の強固さ、バリバリ度、鐘の音もかなり陰湿だ。テューバなどで吹奏される『怒りの日(ディエス・イレ)』もおどろおどろしい。フレーズ事に厚みをつけながら徐々に加速感を増してゆく。そして一気呵成に終幕を迎える。かなりお勧めのライブ盤である。

2020年4月5日日曜日

ドヴォルザーク 交響曲第1番_ケルテス

イシュトヴァン・ケルテス ロンドン交響楽団による「ドヴォルザーク 交響曲全集」より交響曲第1番ハ短調OP.3(B9)「ズロニツェの鐘」<1966年12月1日~3日録音>を聴いている。ズロニツェはプラハ北西部にある町。ドヴォルザーク少年が初めて音楽を勉強した小さな町です。
各楽章の調性を見ると①ハ短調②変イ長調③ハ短調④ハ長調で、ピンとくる方なら「あれ、ベンちゃんの運命と同じやん」と気づくであろう。23歳の時の作品であるが、ベートヴェン風とは言い難く、極めて旋律的でシューベルトやワグナーなどの影響を感じる。いずれにしても多くの作曲家の影響を受けた時期の作品と言えるであろう。
序奏付きの第1楽章は、軽騎兵の突撃合図のような動機の序奏で始まり、モルダウに似た弦楽群による第一主題が提示されていく。ドヴォルザークらしいドラマチックなメロディーラインが印象的だ。ケルテス盤は提示部の繰り返しを行っているがこれは、全集録音だからであろう。(通常は省略)
第2楽章Adagioは、ドヴォルザークらしさ満点の美しい旋律と歌心溢れる楽章だ。木管群の哀愁のメロディがポイント。中間部では、モーツァルトの「後宮からの逃走」を思わせる旋律が出てきたり、後半部に二重フガートが使われいるのも面白い。
第3楽章は、明記こそないがスケルツォに相当。様々なリズムとメロディが展開され、最後にドンと行くと思わせ、シュット終わる所は8番に通じるものがある。
終楽章、1楽章同様騎兵ラッパのような主題がオーボエによってもたらされる。複雑な変化はないものの木管群が起点となりオーケストレーションの面白さを味わえる楽章。極めて陽気な旋律の中、華やかなに曲を締めくくる。
1番はある意味まだ、民族的な要素をさほど見せていない作品であるといえるだろう。


2020年3月27日金曜日

モーツァルト クラリネット協奏曲&五重奏曲

今日はおとなしくお留守番。モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調K.622、ウラッハ、ロジンスキー&ウィーン国立歌劇場管、(1954年録音)&クラリネット五重奏曲イ長調K.581、ウラッハ、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団(1951年録音)を聴く。
五重奏曲、ウラッハの音色は言わずもがな。だがこの曲で一番好きな箇所は、3楽章メヌエットの短調のトリオ(第1トリオ)なのである。
協奏曲第2楽章は、その蕩けるような天国的調べに誰もがうっとりするであろう。過去にも未来にもなく誰も後を継げない唯一無二のメロディセンス。モーツァルトはやはり宇宙人だったのかもしれないと思わせるのだ。


2020年3月18日水曜日

ベンちゃんはアマデウスがお好き

モーツァルト好きには有名ですが、モーツァルトに 聖節の奉献歌「主の御憐みを」 ニ短調 K.222 (205a)という曲がある。ここには、ベートーヴェン第9の喜びの歌が隠れているよ。 
56秒に弦楽で登場するよ。そのあと、短調に変化したりで何度が登場するよ。

モーツァルト 「バスティアンとバスティエンヌの序曲 K.50(46b)」というオペラというかジングシュピールがある。12歳の時に書いた曲だ。その序曲の冒頭から、ベートーヴェン 3番「エロイカ」の有名なメロディーがでてくるよ。おいおいベンちゃん、結構やっちまってるなぁ。


モーツァルト 「ピアノソナタ第14番 ハ短調 K.457」の第2楽章adaigo にベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」のあの有名なフレーズが出てくるよ。おいおいベンちゃん、どこまでアマデウス好きやねん!
3:15の中間部からだよ。


2020年3月14日土曜日

ブラームスは「さくらさくら」を知っていたか

ブラームスは、「さくらさくら」を知っていたのか?「さくらさくら」は、くしくも作られたのは江戸時代末期と言われており、ブラームス(1833-1894)と同時代。
https://www.youtube.com/watch?v=sgcOhcEDBBo
①「幻想曲 ロ短調 Op.79 1番」と
https://www.youtube.com/watch?v=vDnUHini86U
②「7つの幻想曲 OP.117 第2曲 イ短調 間奏曲」。
①は、1:49より、②は出だし。

2020年3月8日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第26番_グルダ

雨の日曜日、久しぶりに、グルダ、アーノンクール ロイヤル・コンセルトヘボウ管によるピアノ協奏曲第26番ニ長調 K.537「戴冠式」を聴く。そして、この26番の紹介をしてなかったことに気づく。この26番は、1790年10月にフランクフルトで行われたレオポルド2世の戴冠式の祭典に19番とともに演奏された。(初演ではない、たぶん2度目)それがこの曲が『戴冠式』と呼ばれるようになった所以である。やや不完全で、第2楽章は実は左手のパートは欠落しており現在の演奏はほぼJ. A. アンドレによって書き込まれたものである。第1楽章、行進曲風で華やかな幕開け。管弦楽を引き継ぐピアノも春の陽気に誘われて公園を闊歩するような楽し気な音色。時よりお得意の短調風味の色彩を帯びるが、あくまで繋ぎであり26番では快活さは失わない。この曲の魅力は「淡々」。
第2楽章、ピアノが主題を奏でオーケストラがそれに続く。柔らかい響きを奏でながらグルダの鼻歌が聴こえてくるのが面白い。テンポを微妙に変えながら自由に遊ぶ。きっとモーツァルトも即興で遊んでいたに違いない。
第3楽章、再び快活なメロディ。変幻自在に転調しながら、翳りを見せながらフィナーレへ。名曲揃いのピアノ協奏曲の中で評価の低い作品ではあるが、19世紀には最も好んで演奏されていたらしい。全く深読みする必要のない分、気軽に聴ける颯爽した曲である。だから、今日のような雨の日にはちょうど良い。


2020年2月22日土曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第2番_ブッフビンダー

今日は、我が家のピアノの調律をしに調律師さんがやってきました。この日ばかりは、かみさんが朝からリビングを片付けるのでとても気分のいい日となります。(すぐに元通りになるのですが)。午後のひと時は、ブッフビンダー指揮ぶりウィンフィルによるベートーヴェン ピアノ協奏曲を聴く。
その中から、地味ながら若きベートヴェンのキラキラ感が満載の第2番変ロ長調Op.19をとりあげよう。
作品番号は2番だが、実際は1番にあたるこの曲は、初期ということもありベートーヴェンの中にモーツァルトを感じることができる仕上がりです。編成も、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦五部とモーツァルト最後のピアノ協奏曲第27番ととってつけたように同じ小ぶりの編成です。
第1楽章、その序奏はまさにモーツァルトそのもの。少し控え目に始まるピアノは、第1主題を軽やかになぞりながら流れるように音の粒を飛ばし、ウィーンの陽だまりによく似合い、幸せな気分にしてくれます。カデンツァは、インヴェンション風に始まり、途中からベートーヴェンらしい豪胆さが現れる。第2楽章、ファゴットを中心に低弦群が序奏を始める。ピアノは、その低弦群の上をリリカルに歩き回り、癒しのメロディを紡いでゆく。やがてオーボエがホルンに支えられメロディラインを奏でるとピアノは伴奏へ。しかしピアノはメロディに戻り、終結部は、まるでオルゴールのような響きを見せ美しい弦楽群と戯れる。そして最後はオーボエとフルートが優しく締める。第3楽章、これと言って特徴はないが、とにかくベートーヴェンらしからぬ飛び跳ねと無邪気なピアノを存分に楽しむべきだろう。愛聴盤は、グルダ+ホルストシュタイン、ウィンフィルですが、今日はこちらで。

2020年2月15日土曜日

モーツァルト 交響曲第36番&38番_シューリヒト

不要不急の外出は避けた方が賢明な今日この頃、自宅で「のんびり」です。モーツァルト 交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」&38番ニ長調K.504「プラハ」を聴く。シューリヒト;パリオペラ座管弦楽団(1963年録音)。まさに説明不要の名演奏。
自分の中では、カンテッリ(PH)の29番、このシューリヒトの38番、ワルター(コロンビア)の40番は、はずせません。


2020年2月8日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲全集より11番_リリー・クラウス

やっと2日間の極寒が終わり天気も良く暖かな一日でした。このところ、秋に予定しているプラハ、ザルツブルグ、ウィーンの旅行プランを練っている関係で、精彩を欠くゴルフから戻ったあとずっとモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いています。初期から19番くらいまで。
リリー・クラウス、スティーヴン・サイモン&ウィーン音楽祭管弦楽団にて。ウィーン音楽祭管弦楽団という聴きなれないオーケストラは、レコーディングのためにウィーン交響楽団からピックアップされたメンバーで構成されているらしい。かのヨーゼフ・クリップスの薫陶を受けたスティーヴン・サイモンのウィーンの香りのする伴奏を受けてのクラウスのチャーミングなピアノが自在に跳ね回ります。ここでは、あまり馴染みのないピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 k.413(387b)を少しご紹介。ウィーンへ出てきたモーッアルトが最初に手掛けたピアノコンチェルト3作品(11-13番)の2曲目です。(12-11-13番が完成順)。
第1楽章、冒頭は主和音の連打で始まり、明るく社交的でウィーンに出てきて嬉しさのあまり闊歩するモーツァルトの姿を思い描きながら聴いています。少しフライング気味に登場するピアノが愛らしい。中間部には、モーツァルト独特の憂いある旋律。カデンツァはモーツァルト自身のものです。
第二楽章、低弦のピチカートで始まりどことなく牧歌的なテーマ。ピアノと弦楽群との掛け合いを経てピアノは徐々に短調にゆらめいていく。少し夢ごこちな中間部を終えた後、どことなく悲しみを秘めたカデンツァ。そして何事もなかったかのように牧歌的に幕を閉じる。
第三楽章、センスの塊で一番好きな楽章。一転して都会的なポリフォニックな主題で始まり、特に味のある低弦群が対位風に旋律を支えるところも聴きどころ。中間部後半の流れるような弦楽群との掛け合いの旋律の美しさに思わずため息。コーダはまるでそっと筆をおくかのように静かに。。。若きモーツァルトの作品群も味がありますね。


2020年2月1日土曜日

ブラームス ピアノ協奏曲第1番_ハンス・ヒリター=ハーザー

注文していたCDがケンタッキー州にあったらしくやっと届いた。予定日より1週間遅れでしたが、着いてよかった。
ハンス・リヒター=ハーザー(P)、クルト・ザンデルリンク指揮、デンマーク放送交響楽団(1979年Live録音)。ブラームス ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 OP.15を聴く。KONTRAPUNKT(コントラプンクト)というデンマークレーベルのCDです。ちなみに”コントラプンクト”とは「対位法」という意味ですね。リヒター=ハーザーは、生粋のベートーヴェン弾きで、いつもは、ベートヴェンのコンチェルトを聴いているのですが、このCDには、ベト5「皇帝」とこのブラームスの1番が収録されています。
第一楽章、序奏部のティンパニーロールの中、各楽器の響かせ方が抜群だ。テンポもゆっくり目で、ザンデルリンクは単に重厚感だけでなく激しさの中で蠢く苦悩をわずか4分間で描きあげてしまった。それを受け継ぐリヒター=ハーザーの音の粒は、憂いを含んでいながら硬質に煌ていて聴こえるのが素晴らしい。展開部では、ピアノがオーケストラの一部と化す場面とピアノがパッと浮かび上がる場面の二面性をもつこの曲の魅力を存分に楽しみながら聴くことができる。これも協奏曲を知り尽くしたザンデルリンクの成せる業か。曲が進むにつれお互いの峻厳さが増してゆく。何と言ってもリヒター=ハーザーの強打であっても深みと気品あるタッチがこの曲本来以上に格調を高めているのが見事だ。
第二楽章、Adagio。まずは弦楽群とファゴットで始まる曲の冒頭部が堪らなく好きであることを書いておこう。そして再度この組み合わせで楽章を締めくくる。ファゴットに時折感動してしまうブラームスの様々な楽曲において、ここも大事にしてくれているかがポイントだ。リヒター=ハーザーの明確な粒立ちにより変に甘くならず深遠なる世界の創出がされ、中間部の色彩は決して耽美なものにならず・・・これがいい!この曲はショパンでなくブラームスなのだから。
終楽章、激情的なこの楽章においてもリヒター=ハーザーは、微塵も厳格さを失わない。それに合わせるザンデルリンクも変に煽ることをせず、それでいてエネルギッシュさを保ちコーダへ突入する。そしてこれほどシンクロしながら品格あるコーダは他にあっただろうか。「買ってよかったこの一枚」に推薦させていただきます。

2020年1月25日土曜日

マーラー 交響曲第3番_コボス

「ロペス=コボス/シンシナティ交響楽団、ミシェル・デ・ヨング(Ms)(98、TELARC)」を聴く。
第1楽章、印象深いトローンボーンの自己主張が、まさに「めざめる牧神」を想起させる。爽やかさ溢れる構築の中で、低弦群のキレの良さを味わうことができる。録音の良さも手伝いクッキリとした仕上がり。第2楽章、目まぐるしく変わる拍子の変化が巧みに統率されているのがわかる。さっぱりとした味付けながらシンシナティのオーケストレーションの質の良さを感じ取れる楽章だ。第3楽章、主部の戯画的な音の羅列をトランペットの動機で終えた後の中間部のポストホルンがあまりにも遠くから響くというコントラストが面白い。第4楽章、ここでもミッシェル・デヤング。神秘的美声を堪能。終楽章、弦楽群のバランスはさすが。各パートを浮かび上がらせるコボスの丁寧さが現れている。ここでも変に粘りつくようなテンポの揺らしもなく、コボスの実直さが伺える演奏だ。シンシナティは、ドイツ系移民が多く移り住んだ土地柄らしく、180年超の歴史をもつオーケストラのようだ。先週のピッツバーグといい、シンシナティ、アトランタとアメリカの地方のオーケストラの実力は侮れないものがあると感じた次第です。

2020年1月18日土曜日

マーラー 交響曲第3番_ホーネック

マーラー 交響曲第3番 ニ短調を聴く。ホーネック;ピッツバーグ交響楽団、ミッシェル・デヤング(メゾソプラノ)、ピーター・サリバン(ソロトロンボーン)ジョージ・ヴォスバーグ(ポストホルン)_2010.6-11-13(Live録音)
かねてより気になっていたホーネックのマーラー、会社の先輩が3番を買ったとのことでお借りした。万歳!!
第1楽章冒頭のホルンの決然とした響きに思わずニヤリ。これは!!を充分予感させてくれた。続く、半音階的トランペット、独奏のトロンボーン、何と充実した金管楽群であろうか!大好きな、展開部の遠くでのトランペットとホルンの掛け合い、トロンボーンとチェロの独奏と多彩な音色の嵐を見事に紡いで進んでいく滑らかな構築。いいぞ。第3楽章、中間部のポストホルン、かのハーゼス直伝のヴォスバーグの上手さ、神秘的な森の雰囲気をまとい、浸みわたり、それでいて高らか。第4楽章、コントラバスの低弦に誘われ謳うこの曲でのミッシェル・デヨングは、幾つもすでに聴いているが、さすがに深みと艶のある声。後半部に寄り添うヴァイオリンの美しさも良きかな。
第6楽章、マーラーの表記どうりの安らぎのある弦楽群の美しさ。卓越しているのは決して金管群だけではないのがわかる。コーダは、余力ある金管群は絶叫することなく、何なく生命感を見事に歌い上げる憎らしさ。一級品の演奏でした。これは、やはり5番も聴かなくては。。。。

2020年1月1日水曜日

2020年 初聴き ベートーヴェン 交響曲第8番

あけましておめでとうございます。
2020年の幕開けです。年初めの一曲は、ブラームスの1番というのが私のお決まりですが、今年は、ベートーヴェンの8番で。そう今年は「ベートーヴェン生誕250年」年です。8番を選んだのは、出だしのトゥッティが、年の始まりに何となくふさわしいかなと。選んだのは2枚、①コンヴィチュニー;ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管【1959年】②クレツキ;チェコフィルハーモニー管【1967年】。
①は、私の定番であり定盤。低重心の弦楽群、くぐごもった金管群は、何度聴いても魅力的で、その音色は他の追随を許さない。木管群の艶やかさも言うに及ばず。
②は、弦楽群の強い刻みが特徴的であり、こんなド素人でも弦楽群の各パートの音型を楽しませてくれるから。そして、残響の頂点ともいえる程で、8番の魅力を余すとこなく伝えてくれる。
さて、今年は愈々、「還暦」を迎えます。自分へのご褒美は、「中欧4か国旅行」。プラハ勿論行ってまいります。

2019年12月15日日曜日

シューベルト 弦楽四重奏曲_シネ・ノミネ

紅葉の季節も終わり、先週に続き今週もほぼ家で「うったら」な土日を過ごしております。冬には弦楽四重奏曲がお似合い。特にシューベルト。シューベルトには、残されているもので15曲(1曲は断片(12番)1曲は中間楽章紛失(5番))がある。短調が<5曲>。シューベルトの短調は、哀哭、翳り、死と向き合うあきらめ、暗黒というイメージが付き纏う。その狂気にも似たメロディを包み込む得も言われぬ和声の羅列が、暗闇に向かって進む一筋の道となって眼前に現れる。とても冬でなければ聴けない。演奏は、「シネ・ノミネ四重奏団」。シネ・ノミネとはラテン語で「名もなき」という言葉らしい。

2019年11月23日土曜日

ロクサラーヌ&後宮の逃走

トルコのテレビドラマのHulu配信「オスマン帝国外伝」がかなり面白い。皇帝スレイマン1世の一生を後宮の争いを中心に描いたもの。何気に見始めたが200話以上続くみたいなのだ。。。歴史的にはかなり史実に基づいて描かれている。ハンガリー軍を一瞬にして葬り去った有名な「モハーチの戦い」も出てきた!さて、もう一人の主役「ヒュッレム妃」が凄い。奴隷から第一皇帝妃まで上り詰めた賢悪女、その暗躍・豪胆ぶりが凄まじい。ところでこのヒュッレム妃、西洋諸国側ではロクスラーヌと呼ばれている。ハイドンの交響曲第63番の第2楽章allegrettoにこの「ロクスラーヌ」の副題がついている。ハイドン自身の劇「ソリマン2世」の付随音楽の転用とも言われている。似つかわしくない軽快なメロディである。久しぶりに聴いてみた。さて、このドラマのシリーズはなんと<5>まであるようだが現在シリーズ2を視聴中。そこに史実にはない王女の捕虜が登場する。その中にモーツァルトのオペラ「後宮の逃走」を思わせるシーンが出てきた。というわけで、久しぶりに1954年録音:フリッチャイ&ベルリン放送響演奏のCDを今日は聴くとしよう。雨で紅葉狩りは断念。




2019年9月21日土曜日

ブルックナー 交響曲第8番_グッディール

ブルックナー 交響曲第8番ニ短調(1890年ハース版)、レジナルド・グッドール、BBC交響楽団(1969年Live録音)にて聴く。悠然としたブルックナー!。特に第3楽章Adagioは、全く力みの無い金管群、柔らかい弦楽群の自然で豊かな歌いっぷりと雄大なスケールが魅力。ふむふむ、力こぶの入らない泰然自若の8番を久しぶりに堪能。


2019年8月24日土曜日

ブラームス ドイツレクイエム 38

昨日、大学の同級H氏が最近お気に入りでアップロードしてくれ戴いた音源、ブラムース「ドイツ・レクイエム Op.45」フリーダー・ベルニウス指揮シュトゥットガルト室内合唱団、シュトゥットガルト・クラシッシェ・フィルハーモニー、ユリア・ボルヒェルト(s)、ミヒャエル・フォレ(b)、1997年、(ブラームス没後百回忌)、シュトゥットガルト・リーダーハレ、ヘーゲルザールにおけるライヴ録音。を聴く。
小編成のオケであるが、ティンパニーの打撃を強く意識した演奏である。弦楽群は極力ビブラートを抑え、木管群を浮かび上がらせるように構築されている。
第1曲、速度は前半は速め、後半はコーラスにじっくり謳わせるよう遅めのテンポ。冒頭、重苦しさは微塵もなく、静かに夜が明けていくような雰囲気をもつ。コーラスは、霧の向こうから聴こえてくる如く、美しいソプラノと柔らかみのあるバスが印象的だ。第2曲、小編ながら中々の迫力を演出するオーケストラ、ここでのティンパニーの使い方が抜群。ト長調からの(So seid nun geduldig)コーラスの優しさは、神の暖かなまなざし、しかしすぐに元の重苦しさへ引き戻される。「Aber des Herrn Wort 」の宣言のくだりは、個人的にはもう少しボリュウム欲しいところか。続くアレグロ部大きくテンポを揺らしているが、コーラス陣はきっちりとついてきているのは流石。3曲、バリトンのフォレは、落ち着きのある声。影絵のように独唱を模倣しながら緊迫を高めるコーラスもうまい。フーガは、もう少しコーラスが前へ出てもらいたかった。(録音のせいか)持続低音Dもそのわりに効いていない気が。4曲、この舞曲は短いのだが、個人的には好きだ。Selig動機の変奏が使われていたり、短いフガートなど。ベルニウスは、少しテンポをゆっくり目でコーラス陣をリード。5曲、ソプラノのボルヒェルトは、少し線が細いか。綺麗な歌声であるが、もう少し憂いが欲しいところ。
6曲、バス独唱後のスフォルツァンドは、この編成ではやはり迫力不足なのだろうか。大フーガ、各パートともうまいのだが、この賛歌の持つ「圧倒的」さが残念ながら聴こえてこない。7曲、救いと報いの旋律。ベルニウスの終曲への思い入れを感じる。透明な色彩のハーモニーを堪能できる終曲だ。


2019年7月7日日曜日

マーラー 交響曲第4番_オッテルロー



梅雨を実感させられる土日となりました。2日間、外へ出たのはコンビニに行っただけ。今日の午後は、特にゴルフ中継に釘付けでした。女子・男子とも追いついてプレーオフ、遼君の久しぶりの優勝、渋野の勢いを感じる優勝と嬉しいシーンを観れました。(共に素朴な韓国勢を破っての優勝)
そして、音楽はマーラー交響曲第4番ト長調、オッテルロー(C)ハーグ・レジデンティ管弦楽団 、テレーザ・シュティヒ=ランダル(Sp)<1956年録音>。ソプラノのテレサ・シュティッヒ=ランダルは、トスカニーニに見いだされたアメリカの歌手らしい。天国的な楽しさを謳うその歌声は、可憐であり落ち着きのある魅力にあふれている。ハーグ・レジデンティ管弦楽団は、勿論オランダのオーケストラなんですが、よく知りません。しかし、低重心で味わい深い響きが素敵です。第3楽章、Adagioの冒頭、甘すぎず端正な響きながら柔らかさをもち心地よい弦楽群です。すすり泣きのヴァイオリンも見事です。良き1枚に出会いました。

2019年6月29日土曜日

フォーレ レクイエム_アンゲルブレシュト

フォーレ「レクイエム」を久しぶりに聴きたくなった。クリュイタンスでもなく、バレンボイムでもなく、コルボ、ヘレヴェッヘでもなく、デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮 フランス国立放送管弦楽団・合唱団(1955年録音)フランソワーズ・オジュア (S)ベルナール・ドゥミニ(Br)ジャンヌ・ブドリー・ゴダール (Org)で。
まずは、オジュアのソプラノが凄くいい。清楚で真摯なソプラノだ。ドゥミニのバリトンは、癖のないいい声でフォーレの音にとてもよくあっている。録音の為か、コーラスが極めて直線的に声を届けてくれる。決して抜群に上手いというわけではないが、気品を崩さずいかに

も宗教的である。

2019年6月9日日曜日

ブルックナー 交響曲第7番_フルトヴェングラー



今日の音楽。ブルックナー 交響曲第7番ホ長調、フルトヴェングラー;BPO(録音、1949年)にて。
「フルトヴェングラーならでは」は、第1楽章冒頭から聴こえてくる。チェロの振幅の大きなフレーズに合わせ、ヴァイオリンのトレモロが同じように謳う。そしてチェロからヴァイオリンへ旋律が移ると一気に熱量が高まる。これほどに熱い冒頭はあまり聴かれない。(ちなみに、この録音では、チェロからヴァイオリンへ移行する前に1音だけホルンがアウフタクトで入るパターン)、これは再現部でのトレモロも同じ。そして、なんといってもチェロの響きの素晴らしさ。
第2楽章Adagioは、振幅・起伏のある弦楽群、第2主題出だしの穏やかさ、そこからフレージングにそって音量を変化させつつ音楽そのものの密度を深めていきます。そしてラストのワグナーチューバとホルンの意志を持つ調べが印象的です。
第3楽章のスケルツォは、フルヴェンの真骨頂。自然な高揚感を伴いズンズン歩をすすめる。中間部では、ヴァイオリンを優しく歌わせる。ラストは、魔界の軍団が突き進むような激しさ。
やはり名盤か。