2006年7月9日日曜日

独りで悲しみに浸りたい時は

Amadeus_top この美しく、魂をゆさぶられる音はなんだろう。単純な音階だというのに。それは最も私を魅了してやまないピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488 第二楽章である。モーツァルトファンにはおなじみであるが、「アイネクライネ・・」ぐらいしか知らない人からすれば、これがモーツァルト?という曲であろうか。モーツァルトほど悲しみのバリエーションを多くもつ作曲家はいない。この曲は是非、独りで聴いてもらいたい。ゲオンは、弦楽五重奏第4番ト短調K.516の冒頭の譜を書いて、「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる・・・」と。小林秀雄は「Tristesse(かなしさ)を味わうために涙を流す必要がある人々には、モーツァルトのTristesseは縁がないようである」と書いた。確かに、K.516はそうかもしれない。しかし、このアダージョの、救いようのない悲しさに涙してしまうのは、私だけだろうか。

それでは、K488(クリック)第二楽章、お一人でじっくりお聴きください。

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