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2026年6月22日月曜日

エルガー  弦楽セレナーデホ短調_シノーポリ

エルガー  弦楽セレナーデホ短調OP.20、シノーポリ フィルハーモニー管弦楽団(1990年録音)を聴こう。

エルガーには、エニグマ変奏曲の「ニムロッド」という有名な美しい曲がある。それに勝るとも劣らないのが、第2楽章:Larghettoだ。エルガーが遺した最も美しい緩慢楽章の一つらしいっす。息の長い、祈るようなメロディが弦楽器の濃厚な響きによって歌い上げらる。中間部で一度大きく感情が高ぶり、再び静けさを取り戻していく様、後年の「ニムロッド」にも通じるのだろう。エルガー特有の高貴な抒情性に満ちている。1楽章も、ヴィオラが刻む独特のリズムに乗って、ヴァイオリンが切なくも美しい第1主題を奏で、3楽章で、コーダに差し掛かると、それが再登場する。全体を優しく包み込むような「循環形式」か。最後はホ長調の明るく穏やかな和音の中に、静かに余韻を残して消え入るように曲を閉じる。シノーポリのLarghettoは、イン・テンポで流していく箇所は皆無と言ってよく、ルバートを巧みに用いて、一つのフレーズをこれでもかと引き延ばす。お得意の「沈黙」や「タメ」に、きわめて濃厚なエロティシズムと情念が宿る。やはり、通常よりも30秒も長い(4.5~5.0分の曲で)。やりすぎか?でも美しい!


2026年6月13日土曜日

R.シュトラウス メタモルフォーゼ ン~23の独奏弦楽器のための習作~_ケンペ

 R.シュトラウス 「メタモルフォーゼ ン~23の独奏弦楽器のための習作~」、ケンペ(C)シュターツカペレ・ドレスデン<1973年、ドレスデンの聖ルカ教会にて録音>、23の内訳は(10のヴァイオリン、5のヴィオラ、5のチェロ、3のコントラバス)である。

圧倒的なレガート・音響美で、しかも「悲劇的な死への恐怖」を投影するがごとき巨匠らの演奏とは一線を画し、あくまで冷静に淡々と一点の曇りもなく旋律を紡いでゆく。それが、「喪失感」と「静かな祈り」を深く突き刺す。SKD特有の「重い・しかし柔らかい」弦の音色が、ケンペの透明な指揮と組み合わさることで、この曲に得も言われぬ「気品」を与えている。



2026年5月18日月曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第13番_バリリ弦楽四重奏団

 モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑪

弦楽四重奏曲第13番ニ短調K.173,バリリ弦楽四重奏団<1955年録音>この第13番は初期の「ウィーン四重奏曲」とよばれ、そのラスト6曲目にあたる。冒頭のユニゾンから、決して現代のカルテットのような過度なエッジは立てないものの、内省的で深い響きを持って引き込まれます。ワルター・バリリの哀愁を帯びた、しかし凛とした歌い回しが絶品です。第2楽章、長調(変ロ長調)に転じますが、ここでのウィーン風の優美な身のこなし、そして各声部の自発的な対話こそ、バリリ四重奏団の真骨頂か。終楽章、彼らの演奏は、対位法的な構造をガチガチの厳格さで提示するのではなく、4つの楽器がまるで親密な会話を交わすかのように、有機的かつ流麗にフーガを編み上げていきます。技巧の誇示や誇大妄想的な表現とは無縁の、古き良きウィーンの宮廷的な品格と、青春期のモーツァルトの情熱が同居した演奏といえよう。バリリ弦楽四重奏団が、第14番をのぞくハイドンセットを録音しなかったことは惜しまれる。



2026年4月16日木曜日

モーツァルト  ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲第1番&2番_グリュミオー

 


モーツァルト  ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲第1番 ト長調&第2番 変ロ長調 K.424、グリュミオー(Vn.)&ペリッチャ(Va.)(1968年録音)にて聴く。

まず、この2曲は、ザルツブルク大司教から6曲の二重奏曲を依頼されていたミヒャエル・ハイドン<ヨゼフ・ハイドンの弟>が、病気のために4曲しか完成できず困っていたので、モーツァルトが彼を助けるため、残りの2曲を代筆し、友人の功績として提出させたと言われています。ちなみに、M/ハイドンの4曲は、「ハ長調」「ニ長調」「ホ長調」「ヘ長調」らしい。なるほど・・・それでトと変ロにしたのか。

協奏的要素だけでなく、互いの掛け合いが絶妙で、曲の魅力度を増幅している。M・ハイドンの手法を取り入れたとあるが、モーツァルトらしいメロディも、そこかしこに散りばめられており、特にK424の 1. Adagio - Allegro 2. Andante Cantabile は、美しく昔から大好きだ。

2026年3月25日水曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲 第16番_ハーゲン弦楽四重奏団


モーツァルト 遡って弦楽四重奏曲を聴いていこう。その⑧

弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K.428 (421b)、ハーゲン弦楽四重奏団<199.5録音>にて聴こう。

冒頭からして如何にこの時代に異質な表現であったから伺える、4人のユニゾンによるオクターヴに上昇するテーマ、あれ確か変ホ長調だよねと首をかしげたくなる。ハーゲンSQは、ノン・ビブラートに近い澄んだ音色と、完璧にコントロールされた強弱の移ろいが素敵だ。また、アーティキュレーションを鋭敏に捉え、フレーズの語り口に独特の「間」や「溜め」を作ることで、古典派の音楽に現代的な緊張感を与えている。K.428は、ハイドン・セットの中でも半音階的な書法が多用されており、内声(第2ヴァイオリンとヴィオラ)の動きが非常に重要だ。ハーゲンSQは各パートの独立性が極めて高く、内声部が浮き彫りになる点でK.428にはぴったりだ。第2楽章、アンダンテ・コンモートは、単に美しさだけでなく翳りの和声の変化に対応できるかが勝負だ。チェロの上昇3和音の形が音程を変えながら延々と続くのが好きだ。これに上声部が半音で動くことで生じる「不協和音の解決」が連続し、これが、モーツァルト特有の「甘美な痛み」や「ため息」のような表情を生んでいる。第3楽章、メヌエット、アレグロは、Trioだ!変ロ長調に転じ、半音階を多用したテーマを各パートがカワリベンタンに歌う。ハイドンへのオマージュを感じる部分だ。ちなみに16番は、17番<狩り>よりも後に書かれたらしいっす。



2025年12月21日日曜日

ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番_アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース

 ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番、アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース にて聴く。(1966年録音)。ウィリアム プリースはあのジャクリーヌ・デュ・プレの先生ですね。もちろん、1番第2楽章があまりにも有名であるが、1番第1楽章がお気に入りだ。シューマンほどではないが、甘さを吹き込んだメロディ、心の揺さぶり具合があの渋顔のブラームス似つかわしく、思わず笑みが零れる。



2025年12月18日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 _エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465《不協和音》。ハイドンセット6曲目、エマーソン弦楽四重奏団(1988-1991年録音)で聴く。第19番は、画像にある冒頭アダージョ序奏(22小節)の独特な不協和音から《不協和音》と呼ばれる。 チェロが刻む「C」の音に対し、他の楽器が半音階的に重なることで不協和音が生まれる。しかし安心してください。アレグロの開始とともに明るく曇りないハ長調にしっかり着地するのだから。エマーソンは、精緻なアンサンブル、クリア・明晰な音により表現がとてもスリリングだ。



2025年6月15日日曜日

ドヴォルザーク&チャイコフスキー_弦楽セレナーデ

 弦楽セレナーデ はお好き!?

ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ ホ長調 作品22は、(ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1963年12月録音)にて、チャイコフスキー:弦楽セレナーデ ハ長調, Op.48は(オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1960年4月10日録音)にて。
イッセルシュテット盤はドヴォルザークのこの曲が持つ、素朴さや牧歌的な美しさを丁寧に引き出しつつも、過度に感傷的になったり、大仰になったりすることなく、品格あるそれでいて「ドイツ」っぽい演奏。北ドイツ放送響の弦楽セクションは、しっとりと落ち着いた柔らかい響きがいい。
オーマンディ盤は、フィラデルフィア管の分厚く、甘美で、絹のような艶やかな弦の響きがいい。こちらも甘美さの中にも「品位」があり、精緻なアンサンブルは見事。ただし、第1楽章・第4楽章の再現部のカット有が玉に瑕。


2021年5月18日火曜日

ヴィヴァルディ 「和声と創意への試み」&「調和の霊感」_ビオンディ

 いつもと毛色を少し変えて今日はヴィヴァルディ。ビオンディ:エウローパ・ガランテによる、「和声と創意への試み」&「調和の霊感」を聴こう。1990年代、挑戦的な演奏と言われたビオンディ、急激な強弱、テンポの変化、休符の取り方、今聴いても斬新であるが、決して衝撃的ではなくなっているから不思議だ




2020年12月31日木曜日

R.シュトラウス メタモルフォーゼン_ケンペ

 今年の締めの曲は、R.Strauss「メタモルフォーゼン~23の独奏弦楽器のための習作」。今年の世界情勢を振り返ると締めはこの曲しかない気がする。演奏は、ケンペ;ミュンヘンフィル(1968年ライブ録音)。フルヴェン(1947)コンヴィチュニー(1955)クレンペラー(1969)バルビローリ(1969)カラヤン(4回目1969)ケンペ;ドレスデン(1973)オーマンディ(1978)など数々の名盤・名演があるが、これが一番のお気に入り。濃厚な弦楽群の音色、それでいて感情抑制的なケンペの棒、この二律背反が見事なまでの哀切を響かせる。来年は良い年でありますように。

ところで、今朝ニュースで観たが反日・売国報道を相も変わらず繰り返すTBSの親韓「日本レコード大賞」まだやっていたんだな。もはや日本もレコードも関係ないのに。










2020年12月5日土曜日

ブラームス 弦楽六重奏曲_ベルリンフィルハーモニー八十奏団員

 今日のような仄暗い冬の日は、ブラームス 弦楽六重奏曲聴こう。演奏はベルリンフィルハーモニー八十奏団員。1966-68録音なので日本のヴィオラの第一人者「土屋邦雄」氏も参加してます。



2018年12月24日月曜日

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲_モリーニ

今日は、年賀状作成、ふるさと納税で買った高圧洗浄機での窓・網戸の掃除、油まみれのガスコンロ横の洗浄などなど年末へ向けてひと働き。今より音楽Timeです。
ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26。
エリカ・モリーニ、フリッチャイ(指揮)ベルリン放送交響楽団
(1958年10月;ベルリン、イエス・キリスト教会)
第1楽章、ティンパニの静かな響きで始まり、木管の後、いきなり始まるカデンツァ。最低音のGから一気に駆け上がっていく切ないメロディ。モリーニは最後の一音まで芳醇だ。第1主題の力強さの何と「男前」なこと。第2主題の優美なメロディに入ってもモリーニにかかれば実に清冽なブルッフなってしまう。フリッチャイもザッハリッヒカイトな伴奏でモリーニを支える。切れ目なく始まる第2楽章は甘美な旋律と和音が広がるAdagio。モリーニのヴァイオリンは、変に甘くないところがいい。哀愁を漂わせながらそれでいて実に崇高だ。
第3楽章Allegro。民族音楽風の第1主題は勇ましくここでもモリーニの「男前」さと、その見事な指捌きを発揮。コーダに入っても全く緩みなく駆け抜ける爽快な演奏です。



2018年10月13日土曜日

ベートーヴェン 弦楽四重奏協奏曲第14番_ズスケSQ

随分と朝が冷え込み、ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131の第1楽章 Adagio ma non troppo e molto espressivoの似合う季節となってきました。ズスケ弦楽四重奏団:1980年録音で聴いています。幽玄的で冷たさのある冒頭のフーガ、この季節はまだ柔らかな音色を持ち、端正なズスケSQがいい。真冬になるとエマーソンSQで聴いたりする。

2018年9月30日日曜日

ブラームス 弦楽六重奏曲_メニューイン



秋の夕方は、ブラームス 弦楽六重奏曲を聴こうか。
ユーディ・メニューイン、ロバート・マスターズ(Vn)
セシル・アロノヴィッツ、エルンスト・ウォルフィッシュ(Va)モーリス・ジャンドロン、デレク・シンプソン(Vc)

2017年7月8日土曜日

チャイコフスキー「弦楽合奏のためのセレナーデ ハ長調 Op.48」_ショルティ

チャイコフスキー「弦楽合奏のためのセレナーデ ハ長調 Op.48」を聴こう。この曲は、初めて弦楽の虜になった曲である。私の年代的にも勿論カラヤンで聴いたのが始めであるが、「この曲はこんなものではない」と、探しあてた一枚がある。
ショルティ指揮イスラエルフィル(1958年録音)。勿論、今でもこの曲のNo.1である。
ショルティの情緒に溺れない毅然とした構成とイスラエルフィルの弦楽セクションの完璧な美しさ。
以前シーケンサで打ち込みをして<midi>作りに熱中していた時に、購入した楽譜もありました。




2015年5月17日日曜日

ドヴォルザーク セレナード集_イッセルシュテット

今朝の一枚。ドヴォルザーク「セレナード集」シュミット=イセッルシュテット;NDR。ドヴォルザークのセレナードは2曲。
弦楽セレナードのホ長調のOP.22と管楽セレナードのニ短調のOp.44。
人気のホ長調は、本当にロマンティックで美しい。白眉はラルゲット(No.4)。甘く切ないメロディと、チェロの響きが心を優しくしてくれます。一転してのファイナル(No.5)は、3つの主題を駆け抜け、コーダは華々しく終演を迎える。
管楽セレナードのニ短調は、どことなくモーツァルト的でもあり、牧歌的な佇まい。朝にぴったりの木管の音色が美しい。NDRの創設者というべきイッセルシュテットとの組合わせも嬉しい一枚。