2019年7月7日日曜日

マーラー 交響曲第4番_オッテルロー



梅雨を実感させられる土日となりました。2日間、外へ出たのはコンビニに行っただけ。今日の午後は、特にゴルフ中継に釘付けでした。女子・男子とも追いついてプレーオフ、遼君の久しぶりの優勝、渋野の勢いを感じる優勝と嬉しいシーンを観れました。(共に素朴な韓国勢を破っての優勝)
そして、音楽はマーラー交響曲第4番ト長調、オッテルロー(C)ハーグ・レジデンティ管弦楽団 、テレーザ・シュティヒ=ランダル(Sp)<1956年録音>。ソプラノのテレサ・シュティッヒ=ランダルは、トスカニーニに見いだされたアメリカの歌手らしい。天国的な楽しさを謳うその歌声は、可憐であり落ち着きのある魅力にあふれている。ハーグ・レジデンティ管弦楽団は、勿論オランダのオーケストラなんですが、よく知りません。しかし、低重心で味わい深い響きが素敵です。第3楽章、Adagioの冒頭、甘すぎず端正な響きながら柔らかさをもち心地よい弦楽群です。すすり泣きのヴァイオリンも見事です。良き1枚に出会いました。

2019年6月29日土曜日

フォーレ レクイエム_アンゲルブレシュト

フォーレ「レクイエム」を久しぶりに聴きたくなった。クリュイタンスでもなく、バレンボイムでもなく、コルボ、ヘレヴェッヘでもなく、デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮 フランス国立放送管弦楽団・合唱団(1955年録音)フランソワーズ・オジュア (S)ベルナール・ドゥミニ(Br)ジャンヌ・ブドリー・ゴダール (Org)で。
まずは、オジュアのソプラノが凄くいい。清楚で真摯なソプラノだ。ドゥミニのバリトンは、癖のないいい声でフォーレの音にとてもよくあっている。録音の為か、コーラスが極めて直線的に声を届けてくれる。決して抜群に上手いというわけではないが、気品を崩さずいかに

も宗教的である。

2019年6月9日日曜日

ブルックナー 交響曲第7番_フルトヴェングラー



今日の音楽。ブルックナー 交響曲第7番ホ長調、フルトヴェングラー;BPO(録音、1949年)にて。
「フルトヴェングラーならでは」は、第1楽章冒頭から聴こえてくる。チェロの振幅の大きなフレーズに合わせ、ヴァイオリンのトレモロが同じように謳う。そしてチェロからヴァイオリンへ旋律が移ると一気に熱量が高まる。これほどに熱い冒頭はあまり聴かれない。(ちなみに、この録音では、チェロからヴァイオリンへ移行する前に1音だけホルンがアウフタクトで入るパターン)、これは再現部でのトレモロも同じ。そして、なんといってもチェロの響きの素晴らしさ。
第2楽章Adagioは、振幅・起伏のある弦楽群、第2主題出だしの穏やかさ、そこからフレージングにそって音量を変化させつつ音楽そのものの密度を深めていきます。そしてラストのワグナーチューバとホルンの意志を持つ調べが印象的です。
第3楽章のスケルツォは、フルヴェンの真骨頂。自然な高揚感を伴いズンズン歩をすすめる。中間部では、ヴァイオリンを優しく歌わせる。ラストは、魔界の軍団が突き進むような激しさ。
やはり名盤か。

2019年5月25日土曜日

フルトヴェングラーの大戦前の録音集6枚組

今日の音楽。フルトヴェングラーの大戦前の録音集6枚組。
あの37年の「運命」や38年の「悲愴」も収録。そして、ヒトラーがピストル自殺をした翌日(1945/5/1)に、ラジオ局「ライヒセンダー・ハンブルク」が通常の放送を中断し、まもなく重大なニュースが発表されるとアナウンスしヒトラーの死の発表前に流れた、1933年のワグナー「神々の黄昏」の<ジークフリートの葬送行進曲>と1942年のブルックナーの7番の第2楽章アダージョも収録されています。



2019年5月19日日曜日

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番_フェラス

久しぶりにモーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番が聴きたくなる。お気に入りは「グリュミオー」だが、今日はフェラスで。ヴァンデルノート(C)パリ音楽院管(1960年録音)。チャーミングな装飾音を奏でながら颯爽と、カデンツァの高音部pppのどこまでも届きそうな柔らかさはフェラスならでは。珠玉のアダージョ、その入りの哀しみを堪えた美しさは絶品。27歳のフェラスの瑞々しい演奏に拍手!!


2019年3月30日土曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番_ウェーバージンケ


ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調 OP.58、
アマデウス・ウェーバージンケ、コンヴィチュニー指揮:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1961年録音)を聴く。
昨年隠れ名盤として紹介したディーター・ツェヒリン、コンヴィチュニー指揮:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(https://mozartgogo.blogspot.com/2018/10/3.html)と同じ年の録音。そしてピアノは、勿論「ブリュートナー」であろう。ウェーバージンケは、オルガニスト兼ピアニスト。あのカール・リヒターと1950年のバッハ・コンクール(オルガン部門)で1位を分け合った実力者。
第1楽章、「運命動機」のピアノの柔らかい独奏を受け、ロ長調でシルキーなLGOの弦楽群が応えると、そこには自然と優しさが生まれる。優美な第1,2主題ともうひとつの短調の副主題を持ち展開の深さを感じる。ウェーバージンケは、オルガニストらしく、低音部の響きが聴いている。カデンツァは、流麗でバッハのインヴェンションを聴いているかのようだ。「ブリュートナー」の音は暖かみがある。
2楽章、かなりゆっくりのテンポで低重心の弦楽群。ピアノ音はどことなく儚げに。「ブリュートナー」の高音部の響きが深遠さを増す。
第3楽章、少し音量を控えめに始めるコンヴィチュニー。弾むような明るい主題だが少し遅め。ピアノが主題を繰り返す。(この時の裏のチェロが実は好きだ)管楽群が参加してテンポを少しアップ。ここから第2楽章から解き放たれ快活さが生まれるのか。ウェーバージンケの強弱感の確かさと低音部の響きが逆に高音部の音の粒を引き立てている。
やっぱり4番を聴いていしまうこの頃。

2019年3月3日日曜日

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲_フランチェスカッティ

昨日とうってかわって肌寒い雨の「ひな祭り」。書斎に引きこもり。チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35を聴く。ジノ・フランチェスカッティ、ミトロプーロス;ニューヨークフィル(1954年録音)。
『ハート』と名付けられた1727年製のストラディヴァリウスが醸し出す豊潤な慈しみのある音色は、最高音の一音まで美しい。ジノの高音域での独特のヴィブラートが潤いをもたらす。テンポをかなり動かすミトロプーロスの至芸にも50代初頭の脂の乗り切ったジノには容易い。そしてフルパワーのオーケストラにも負けない音場。しかし、ミトロプーロス、1楽章も3楽章も最後は見事にテンポを速めてあくまでもドラマチックに楽曲を構成していきます
第2楽章、カンツォネッタ アンダンテ。木管群のまろやかな音に続き、ジノの妖艶なヴァイオリン。深く沈みこむような音色が直線的に心に浸みこんでくる。途切れなく始まる第3楽章、民族舞曲トレパークに基づく第1主題のリズムが心を揺さぶる。第2主題の後、わずか緩やかにヴァイオリンが歌う部分が好きだ。主題に戻ってからは、ミトロの一気呵成が待ち構える!第2主題直前の低弦群の音も魅力的。ジノの高音の腕さばきも冴えわたる。書斎でひとりブラボー!!



2019年2月24日日曜日

ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」_コンヴィチュニー

無性に「田園」が聴きたくなる。この曲の私の第一優先は、低弦楽器の深みと重量感。選んだのは、コンヴィチュニー:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管(ベートヴェン交響曲全集、1959-16年録音)低弦楽器は、右位置に配置されどこまでも深く重量級だ。
第1楽章、まろやかなオボーエの基本動機の中、厚みのあるコントラバスの濃いフレージングとチェロの優しい響きが幸福感をもたらす。低重心ながら統制のとれた弦楽群の音の運びが東ドイツの風格だろうか。
第2楽章、テンポはゆっくり。「もさい」という人もいるだろう。しかし、素朴な弦楽の響きの中に、古めかしい木管群が戯れるように遊ぶ様は、大自然の優しい顔に触れているようだ。ファゴットの音がまたいい。
第3楽章、愚直なまでのスタカートの刻みの中でゴシック仕立ての舞曲が繰り広げられる。第2主題のオーボエ・クラリネットの甘さも忘れてはならない。
第4楽章、嵐は、地を這うような響きを持つコントラバスの音とともに襲ってくる。管楽群の鋼鉄の塊のような稲妻。襲ったかと思う間もなく過ぎ去ってゆく。しかしコントラバスの地鳴りはおさまらない。
第5楽章、素朴な弦楽群が繰り広げるクーライゲン、第2ヴァイオリンの優しさが嬉しい。変奏部では、第4変奏のファゴットとチェロの何と甘いこと。そしてコーダは、神への祈りだろうか。最後までコントラバスの低音に支えられたいぶし銀の音場に身をゆだねながら、ゲシュトップホルンの最終音を迎える。
感謝!!



2019年2月9日土曜日

メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」_コンヴィチュニー


メンデルスゾーン、実は第5番目の交響曲、交響曲第3番イ短調 Op.56 「スコットランド」を聴く。コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管(1962年録音)。メンデルスゾーンが佇んだ「ホリルード寺院」の絵画とともに<ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール作>。
この序奏の弦楽群の音の素晴らしさは何だろう!哀愁漂う木管群をささえる、木肌感がありながら寂寞としたヴァイオリン群、深みと表情の豊かさを持つ低弦群。ノンビブラートがもたらす音の質感が、スコットランドの荒涼とした冷たさを感受させる。豊潤なコンヴィチュニーの一面を垣間見る(聴くヵ)ことができる。5分足らずの2楽章も面白い、バグパイプに通じるペンタトニック(「ソ」と「シ」抜き)のクラリネット。疾走感のあるこの楽章も好きだ。
第3楽章Adagio、翳りのある旋律は、やがて優しいまどろみへ変化してゆく。ピチカートに支えられゲヴァントハウス管の生真面目なヴァイオリン群の音質が、歌謡風になりそうなこの旋律に格調をもたらしてる。そしてコンヴィチュニーの巧みなルバートだけが、この旋律を艶っぽく歌わせる。
終楽章、イ短調。ここは、コンヴィチュニー、ゲヴァントハウス管の真骨頂だ。ティンパニーの勇壮さに乗せて時折見せる管楽群の咆哮。深みのある低弦群。中音域の厚みのあるオーケストレーション。もうすでにブラボーだ!終わりなきと思われた嵐のような音の波は寂しげなヴァイオリンの旋律で終息を迎え一瞬の全休符。そしてコーダ、テンポを落として6/8拍子になり、低弦が新しい旋律をイ長調で大きく歌う。この唐突でありながら意外性を持つ回転劇のような展開にあっけにとられながら一種の幸福感を感受。最高の一枚だ!





2019年1月12日土曜日

ブラームス ピアノ協奏曲第1番_ケンプ



久しぶりにブラームス ピアノ協奏曲第1番ニ短調 Op.15を聴く。ケンプ(p)コンヴィチュニー;シュターツカペレ・ドレスデンによる1957年の録音(Mono)。ケンプの正規録音唯一の1番。第1楽章冒頭の序奏。少しゆっくりのテンポ、牡牛の行進の如き低重心の弦楽群の中から金管群の咆哮とティンパニーの地響。そこにはデモーニッシュな色彩が宿る。ケンプが如何に応えるのか?思わず息を飲む。しかしやはりケンプはケンプだ。繊細にして落ち着き払った音の粒。コンヴィチュニーはテンポを速めケンプを煽る。ケンプもしっかりした打鍵で見事に応えるが、流麗さはなく、華やかさもない。しかし、そんなことはこのコンビを選んだ時点で承知している。無骨さと繊細さをもち威圧感のない、東ドイツの田舎者の青年ブラームスの滾る思いが込められた第1楽章が聴きたかったのだから。これだ!
第2楽章、Adagio。優しい弦楽群の下降音に朴訥とした青年のようなファゴットが加わる。そして深い安寧と安らぎをケンプのピアノが引き継ぐ。セピア色、いや墨絵のようなこのモノローグを語るにあたり、このコンビは何と相性がいいのだろう。深い悲しみを湛えたメロディ。生真面目なケンプの音には静謐さが宿っている。
第3楽章、疾走感漂うピアノソロ。もたつきはするものの、何とか立ち上がる。その後ケンプの指は息を吹き返したごとく、よく動く。決して叩きつけるような威圧感をもたず、聴く者たちに疲れを感じさせない演奏といえばいいだろうか。さて一番好きな箇所は、コーダ直前のホルンから始まり木管群へと繋がりフルートが受け取る上昇音型。交響曲4番でも見せた、この自己陶酔型幸福感が堪らなくブラームスを愛くるしいと思う瞬間だ。そういえば今日は、一歩も外へ出なかったな。

2019年1月2日水曜日

ブラームス 交響曲第1番_ヨッフム



毎年、正月三箇日には「ブラ1」を聴くことにしている。何か諸々、時代が変わろうとしている2019年の初めに聴くブラームスの1番は何が良いか?迷った末に選んだのは、ヨッフム、ベルリンフィル:1953年録音。
第1楽章のゆったりとしたテンポから現れるテーリヒェンの打音。弦楽群の分厚さはまさにフルトヴェングラーの音。しかし「オドロオドロさ」は微塵もない。重厚感は失わず、それでいてどことなく明るい生気を感じるのだ。第2楽章の美しさは、速いテンポにもかかわらず弦楽群を充分に歌わせ、木管群の上手さを引き出している。濃厚なうねりの中で明日への「祈り」を捧げるかのよう。ボリースのソロもその繊細さがここでは生きる。終楽章は何と言ってもアルペンホルン直前のテーリヒェンの滾るティンパニーロール。そこからクララへのラブコール。アルペンホルンもさることながらニコレの澄み切ったフルート、それに続くトローンボーン・ファゴットの哀愁感は抜群。完璧な序奏だ。そして弦楽群の整然としながらも艶のある響きが第1主題以降快速に進んでいく。展開部でオーケストラの音場が際限なく広がりを見せる。そしてコーダにおける金管群の張りのあるファンファーレ。絶妙なアッチェラントからの怒涛の終結。明日からも頑張ろう!!