2025年12月16日火曜日

レスピーギ ローマの祭り_ムーティ

最近、レスピーギにハマっている友人がいるので、流れで聴いてみる。ローマ三部作から選んだのは、順番も3番目で多分視聴も3番目に選ばれるであろう「祭り」。ところで画像を作成するにあたりレスピーギの写真初めて見た。こんな顔してるんやと思った。なんか<グスターボ・ドゥダメル>似てるなぁ。。。。。。さて、選んだのは、ムーティ;フィラデルフィア管(1974年録音)。まさにムーティ;フィラの絶頂期の演奏だ。ゴージャス金管に耳が行きがちだが、それだけではない、弦楽群の巧さよ!いち推しの名盤だ。いや、今日はそんな話ではない。「ローマの祭り」1曲目<チルチェンセス>についてだ。日本人からして「祭り」の語感からくるニュアンスにしては、何かおかしいなと感じなかっただろうか。その違和感は内容にある。ファンファーレは、「皇帝ネロ万歳!!」であり、トロンボーン・チューバのスタッカートでライオンが檻から放たれる!野獣の咆哮が大気に漂い、群集は高揚しまくり。やがてキリスト教徒たちの祈りの中、惨劇が繰り広げられ静かに消えてゆく。あな恐ろしい、ローマの「パンと見世物」と呼ばれる政策の中、皇帝ネロが自らの出火を疑われ、それをかき消すために濡れ衣を当時、異教徒であったキリスト教信者に着せ、囚人として競技場で飢えたライオンに食わせる「見世物」とした、そんな曲だからだ。チルチェンセスというのは、アヴェ・ネローネ祭(ネロ万歳祭り)なのだ。違和感の要因がお判りいただけただろうか。ちなみに往時キリスト教徒を一番惨殺したのは、ネロではなく、ガイウス・アウレリウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌスである。 



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