2021年7月11日日曜日

マーラー 交響曲第5番_ガッティ

 朝からガッツリ。マーラー 交響曲第5番 嬰ハ短調、ダニエレ・ガッティ;ロイヤルフィルハーモニー【1997年録音】を聴く。「クセがつよーい!」第1楽章、鋭いトラッペットのファンファーレの後、極めて重い足取りの葬送行進曲。一転トリオからは激しくテンポを揺らしながら流動的に。木管による主題に移るとゆったりと。第2トリオの弦楽群は引きずるような節回し。第2楽章、高速のテンポで入り、チェロのユニゾン(第2主題)は、弱音の効いた淡々とした歌いまわし。終わりの金管のコラールは、癖のあるアクセント。第3楽章、緩徐部分に繊細さを感じる。第4楽章、甘さほどほど、静謐の中に愛おしみを感じる演奏。フィナーレは、十分な躍動感あるが狂気じみてはいない。オーケストラの機能美を活かし展開する。そしてクライマックスは、パワーアップして迎える。繊細さの中に粘着性のないスタイリッシュさを持ち合わせた演奏であった。さあ、朝風呂はいろ!



2021年7月10日土曜日

ブラームス ドイツレクイエム 39

 久々のブラームス ドイツ・レクイエム シリーズ 39。

クリストフ・シュペリング (指揮):アンドレアス・グラウ (ピアノ)ゲッツ・シューマッヒャー (ピアノ)、ソイレ・イソコスキ(ソプラノ)アンドレアス・シュミット(バリトン):コルス・ムジクス・ケルン<録音1996年>。【2台のピアノ版】。ちなみにピアノ版は、1869年に完成され1871年にロンドンにてヴィクトリア女王を前に初演されたため「ロンドン版」と呼ばれる。第1曲、ピアノ伴奏に続くコーラスは、淡々と明るい色調。sindを切り気味に歌うのが特徴か。コーラスに力みはなく、シュペリングは、あくまでも「慰め」の1曲として力こぶなしで終始させる。第2曲、「人はみな・・」のユニゾンは、重苦しくはないが、続くソプラノとの陰影を考えて暗くスタート。中間部の長調は、語り掛けるような温かさを含む。Aber des Herrnは、テンポを落とし、しっかりと、特にベースの声がいい。喜びのアレグロは、少しもたつき加減だが朗々さは失わず。第3曲、バリトンのシュミットは、同じ年。本業のオペラっぽい歌いまわし。しかし、さすがに声はいい。独白の迫力は前面に出ている。模倣のコーラスは少し明るすぎるか。フーガは、どうしてももたつき気味。(これはピアノ版の部分でもあるのだが)第4曲、心安らぐ舞曲。比較的ゆっくり目のテンポで、各声部を謳わせている。第5曲、イソコスキのソプラノは、高音が美しい。フィンランド人のようだ。第6曲、Hölle, wo ist dein Sieg?の聴き所、コーラスは美しい。大フーガの入り口のアルトは合格点(ピア版だと入りやすいのか?)テノールは少し声が疲れ気味なのはしょうがないのか。第7曲、出だしのソプラノは、もう少し穏やかに入ってほしいが・・・。中間部の解き放たれ、祝福される「救いと報い」の命題はコーラスが優しく謳ってくれたのは良し。






2021年7月4日日曜日

バッハ モテット集BWV.225-230_ヘレヴェッヘ

 日曜日の夕方に聴いているのは、バッハ モテット集BWV.225-230。フィリップ・ヘレヴェッヘ(指揮)、シャペル・ロワイヤル、コレギウム・ヴォカーレ(1985年録音)。ヘレヴェッヘ1回目の録音(2回目は2010年)。バッハのモテットといえば BWV 225~230 の6曲しか存在していない。(その中でBWV.230は偽作ではと疑われているが)バッハのものとしては唯一、楽譜上では声楽のみによる作品だ。古いポリフォニーのスタイルで、二群の四部合唱に分かれた八声の「二重 合唱」といった技法を駆使し複雑な声部の展開がある通好みの作品だ。ソプラノの柔らかい歌声とヘレヴェッヘのゆったりとしたテンポが相まって変な力感がないのが特徴でバッハらしい繊細さをうまく表現している大変な名盤だと思う今日この頃である。



2021年7月1日木曜日

J.S.バッハ フルート・ソナタ全集_パユ

 エマニュエル・パユ「J.S.バッハ:フルート・ソナタ全集」【2008年録音】よりフルートと通奏低音のためのソナタ BWV1033-1035を聴く。チェンバロ奏者は、トレヴァー・ピノックという豪華な取り合わせ。この時代は、ブランネン社のフルートか。数年前から、今や中国企業に買収されたヘインズ社のフルートも併用らしいが。



2021年6月30日水曜日

J.S.バッハ イギリス組曲BWV.806-811_アンドレ・シフ

 J.S.バッハ イギリス組曲BWV.806-811 アンドレ・シフ 2003年ライブを楽しむ。80年代録音のベーゼンドルファーではなく、おそらく「スタインウェイ ファブリーニ」。目を閉じて聴くと、リリックで爽やかなそよ風のような演奏。



2021年6月29日火曜日

バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全曲)_グリュミオー

 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(全曲)。 アルテュール・グリュミオーにて(録音1960-61年)この当時は、1957年にベルギーのルノア伯爵から貸与された1727年製ストラディヴァリウス「ジェネラル・デュポン」。自ら求めバッハの自筆譜により演奏されたことでも有名。比類なき音色の美しさ、意外なほどの力強さ。グリュミオー、特にパルティータ第3番 ホ長調が好きだ。凛とした品格の中に「心優しさ」が滲み出ている。よくネットで、グリュミオーのバッハにケチをつけてる奴らがいるが、いつも「じゃあお前が弾いてみろ!」とモニターに言ってやる。



2021年6月27日日曜日

シベリウス ヴァイオリン協奏曲_ギトリス

 「THE ART OF Ivry Gitlis」より、シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Op.47 (ホーレンシュタイン;ウィーン交響楽団)を聴く。このBOX,チャイコ、ブルッフ、メンデを始め、名だたるヴァイオリンコンチェルトのオンパレード。昨年98歳で他界したギトリス爺さんの若かりし(30代)頃の至芸が聴ける。(モノラル)多様に使い分けられたヴィブラート、迸るように歌うダブル・ストッピング、甘いため息のようなポルタメント、痙攣するようなトレモロ、音符が飛び散るようなピチカート、フィンガリングとボウイングを組み合わせた魔術的な音色変化・・・「クセがつよ-い!」と言えば、八代亜紀の上を行く。

しかし、このシベリウス、第1楽章冒頭、コクのある美音、抑制された趣で次々とパッセージを奏でていく。ソナタ形式の展開部にあたる楽章の中央に位置するという独特のカデンツァ、ギトリスは精緻な指先で難なくこなす。しかもこれといった癖もなく。第2楽章、でました!!木管の導入句に続き、ギトリスの表情豊かな朗々とした音色。中間部以降の駆けあがるような旋律の甘さ、終結分ポルタメント。終楽章、低弦のリズムに乗って走り抜けるギトリスの真骨頂。確かな技術でロンドを奏で次第に燃え上がる音色。ホーレンシュタインも次第に燃えてきているのがわかる。そして最後は駆け抜けるように締めくくる。冷たい「北欧の空気感」かといえば違うでしょうが、満足感充分の一枚。


2021年6月20日日曜日

バッハ ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集BWV.1014-1019_コーガン&リヒター

 コーガンとリヒターという意外かつ豪華な組み合わせによるバッハ「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集BWV.1014-1019」を聴く(録音1972年)。1番ロ短調の悲しみと重荷を背負ったコーガンの重厚な音色に思わず引き込まれる。3番3楽章シャコンヌ、とてつもなく悲しきメロディ、掛け合いながら、時にはヴァイオリンが重音で伴奏を受けったりと魅せられる。4番、《マタイ受難曲》のアリア「憐れみたまえ」にも似た悲哀を込めたメロディ。しかしいつしか長調へ変わることで聴くものを安堵させる。3楽章アダージョがいい。リヒターのリュート的なチェンバロに乗せてコーガンのコクのある音色が哀愁感を増幅させる。続く5番もセンチメントだ。この作品集は、バッハの人間味が溢れた稀有な作品ではないだろうか。



2021年6月13日日曜日

バッハ チェンバロ協奏曲BWV.972-987_ワッチホーン

 静かな日曜日。意外にも白熱した宮里藍 サントリーレディスオープンゴルフトーナメントを観た後は、<J.S.BACH>。

チェンバロ独奏のための協奏曲集 Bwv.972-Bwv.987 の全16曲。チェンバロのピーター・ワッチホーンにて。こちらは、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲の編曲やマルチェロのオーボエ協奏曲の編曲、トレッリやヘルマンのヴァイオリン協奏曲などの編曲を施したもの。ゆったり過ごすのにちょうどいい。



2021年6月4日金曜日

モーツァルト レクイエム_ケンペ

 このところモーツァルト作曲全曲のNAS(network attached storage)へのリッピング作業をしていたので鑑賞録がご無沙汰となってしまいましたが、昨日無事すべて(一部断片で録音がされていないものを除き)終了したので再開です。カノンやアリアなど小曲がやたらとあるのでやはり大変でした。最後はもちろん、「アレグロ ニ長調 K.626b16」、モーツァルト265回目の誕生日2021年1月27日、ザルツブルクのモーツァルテウムにおいて、新たに発見されたモーツァルトのピアノ曲〈アレグロ ニ長調 K.626b/16〉チョ・ソンジンの演奏です。まあこれは、1分41秒ですが。さて、久々に「モツレク」を聴く。演奏は、ルドルフ・ケンペ(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン聖ヘトヴィッヒ大聖堂聖歌隊、エリーザベト・グリュンマー(ソプラノ)マルガ・ヘフゲン(アルト)ヘルムート・クレプス(テナー)ゴットロープ・フリック(バス)~1955年MONO録音盤。

あのブラームス/ドイツレクイエムと同じオケ・合唱団。録音年も同年。ゆったりとしたテンポで少しほの暗い雰囲気の中進んでいく。愚直なまでのインテンポ。グリュンマーの気高い独唱。ワーグナー歌手として知られたフリック(BASS)の温かみのある声が素敵です。テノールのクレプスも棘のない柔らかさ、アルトのヘフゲンの深みのある声もさすがです。「レコルダーレ」の独唱陣のハーモニーは最高級品でしょう。


2021年5月18日火曜日

ヴィヴァルディ 「和声と創意への試み」&「調和の霊感」_ビオンディ

 いつもと毛色を少し変えて今日はヴィヴァルディ。ビオンディ:エウローパ・ガランテによる、「和声と創意への試み」&「調和の霊感」を聴こう。1990年代、挑戦的な演奏と言われたビオンディ、急激な強弱、テンポの変化、休符の取り方、今聴いても斬新であるが、決して衝撃的ではなくなっているから不思議だ




2021年5月14日金曜日

ショパン ピアノ協奏曲第1番_ジーナ・バッカウアー

 ショパン ピアノ協奏曲第1番ホ短調 Op.11、(P)ジーナ・バッカウアー(C)ドラティ+ロンドン交響楽団【1963年録音】にて聴く。

ドラティの管弦楽提示部は、ドライに入ったかに見せ緩急のコントラストで弦楽群に謳わせるところはしっとりと変化に富んだもの。バッカウアーは、硬質な音で突入し、第1主題も男前、繰り返しからはリリカルに変化。第2主題も硬めにキッチリと弾いてゆく。オーケストラもバッカウアーに合わせドラティが持ち前の男気を発揮。展開部出だしはバッカウアーは思いのほかピアノスティックックだ。
第2楽章、硬質ながら優しさを秘めた音色、ショパンゆえの極上のリリシズムを堪能できる。
終楽章、厚味のあるドラティのシンフォニックな序章の後、バッカウアーの弾むようなピアノ。イ長調のユニゾンのメロディー を奏でる息抜きの箇所も粋で艶やか。中間部以降ももたれることなく安心して聴いていられる。終結部、華やかなユニゾンの後のドラティの決然さもいかしてます。


2021年4月24日土曜日

マーラー 交響曲第4番_ホーレンシュタイン

 マーラー 交響曲第4番ト長調、ホーレンシュタイン(c)ロンドンフィルハーモニー管弦楽団、 マーガレット・プライス(S)【1970年録音】を聴く。ホーレンシュタインと言えば3番だが、この4番もなかなかの名盤。副題に「大いなる喜びへの讃歌」と付けられている(誤用だったが)。しかしワルターもこの曲について「天上の愛を夢見る牧歌である」と表現しているように明るく瑞々しい音楽だ。第1楽章、ホーレンシュタインのテンポは極めてゆったりだが軽やかさは失われていない。第2主題のチェロの美しさはひとしお。第2楽章、ヴァイオリンの2度上げ調弦でコケティッシュな音色が奏でられるスケルツォ。ホーレンシュタインのテンポはここでもゆったりだ。第3楽章は白眉。最も美しく慈愛に満ちたメロディ。しかしこの幸福感に満たされた楽章の最後にマーラーは非常に驚くべきコーダを添えた。祈りが天に届かんとするその静寂の中、突然fffでホ長調の主和音がトランペットとホルンによって鳴り響く。終楽章、マーガッレット・プライスの歌声は、牧歌的な雰囲気で美しく歌い上げた後、見事に連酷・淡々とその表情を変え最後は幸福感に満ちた歌声に。盤石です。コントラバスとハープの最低音で終わる3音を欠いたエンディングは何を意味するのだろうか?



2021年4月11日日曜日

ドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲_マルツィ

 3月中旬から始まった桜巡りもひと段落で今週は「オコモリ」の週末でした。マスターズの松山の活躍で、いつもよりさらに夜中に起きているのでお昼寝で過ごす2日間だった。

夕方、ふと気になったのが、ヨハンナ・マルティによるドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲イ短調 op.53 (C)フリッチャイ、ベルリンRIAS交響楽団 【1953年録音:イエス・キリスト教会】。ハンガリー人同士の組み合わせ。マルティの凛としていながらどこか温かみを感じる音質は心地よい。フリッチャイの50年代前半特有の明朗にして熱量の高い伴奏を仕掛けるが、マルツィは、ある時はいなし、ある時は寄り添い渡り合う。第2楽章の美しさは白眉。美しく静謐な香りをもつ濁りのない素晴らしい演奏に感嘆。



2021年3月22日月曜日

ブルックナー 交響曲第5番_ケンペ

 まったり雨の日曜日、外へは千葉県知事選、市長選の投票へいっただけでお篭り。ブルックナー 交響曲第5番変ロ短調WAB.105、ケンペ、ミュンヘンフィル【1975年録音】にて聴きく。ゆったりテンポで情感豊かに謳わせて、重厚なブルックナーサウンドを構築。ケンペだけに木管群の役割が明確だ。特に第2楽章のオーボエ(ゲルノート・シュマルフス)の侘し気な響きは最高。そして弦楽群の第2主題の哀愁感、ケンペとグントナーの息はピッタリ。ケンペの5番は、実に堅牢にして品格の高い5番である。



2021年3月19日金曜日

マーラー 交響曲第3番_レヴァイン

 40年以上にわたってニューヨークのメトロポリタンオペラを率い、世界でも有数のオペラ座にのし上げたジェームス・レヴァインが3月9日にカリフォルニア州のパームスプリングスで死去していたことがわかった。享年77歳。晩年、セクハラ・スキャンダルで評判を落としたが、解雇したメトロポリタンを不当解雇で訴え勝訴している。沈黙していたレヴァインは、今年1月イタリアで復活するはずだった(ベルリオーズ《ファウストの劫罰》、ブラームス《ドイツ・レクイエム》、モーツァルト:交響曲39,40,41番) が、コロナ過でそれもなくなり、そもまま死去。残念。そんなわけで、マーラー 交響曲第3番ニ短調(レヴァイン:シカゴ交響楽団、録音1975年)を聴く。3楽章、ハーセスのポストホルンはいつ聴いても絶品だ。終楽章の極めて遅いテンポは有名。同じCSOのショルティと6分12秒も違う。夜中の3時に聴くにはこのテンポでちょうどいい。



2021年2月23日火曜日

シューマン ピアノ協奏曲_バイロン・ジャニス

 バイロン・ジャニスと言えばラフマニノフ3番の脅威的な疾走。そのすご技は、アルゲリッチやカッチェンをも凌ぐ。なんせ、ホロビッツが自ら弟子に誘った唯一のヴィルトゥオーソ。しかし、今日は、シューマン ピアノ協奏曲イ短調Op.54を聴く。共演は、Ms.Sことスクロヴァチェフスキ、ミネアポリス交響楽団。(1962年録音)マーキュリーレーベルにて、鮮明さは時代を感じさせずやはり素晴らしい。冒頭の有名な「雪崩式ブレンバスター」は、ピアノ・オケともに極めて明確に力強く。第1主題のオーボエも変わらぬ力感をもち哀切というよりも苦悩を感じさせる響き。しかしジャニスのピアノが主題を引き継ぐとそこに憂いが生まれる。その意外な抒情的なタッチに思わず引き込まれる。アルペジオの上手さは流石。ジャニスのピアノは、どの音も一つずつ輝いている。第2楽章、Intermezzo にふさわしい愛らしい主題。オケとの掛け合い、中間部のチェロとの見事なロマンチシズムを奏でる。第3楽章、軽く弾むようなメロディ。ピアノの波打つようなパッセージと、それを彩るオーケストラが絡み合いながら、勢いよく進んでいく。(ある時はピアノのに対し、オケはヘミオラで掛け合いながら)技巧的なパッセージでは、ジャニスのセンスが冴えわる。スクロヴァチェフスキは、ジャニスの良さを十二分に引き出すメリハリの利いた骨太の構築、そして、ジャニスの鍵打に負けない厚みのある絢爛なオケぶりを披露。スカッとする演奏です。



2021年2月21日日曜日

フォーレ レクイエム_アントニー・ウォーカー

 フォーレ「レクイエム」。アントニー・ウォーカー&カンティレイション、シンフォニア・オーストラリスにて。1893年ネクトゥー&ドラージュ校訂版使用。この曲は、ブルックナーの交響曲に負けないくらい様々な版があり、各指揮者も結構バラバラで演奏している。4度録音してるコルボなどは、1回目(72年:聖ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊)2回目(92年:ローザンヌ声楽)は、1900年第3版、3回目(2005年東京ライブ:ローザンヌ声楽)4回目(2006年:ローザンヌ声楽)は1893年ネクトゥー&ドラージュ校訂版。2度録音しているヘレヴェッヘは、1回目(88年:ラ・シャペル)は1983年ラター版、2回目(2001年:ラ・シャペル・ロワイヤル)は、第3版である1900年版を第2稿の校訂者であるジャン=ミシェル・ネ クトゥーが1998年に手直しした1901年版を使用と、同じ指揮者でも版を変更しているから面白い。通常演奏される第3版とこの1893年ネクトゥー&ドラージュ校訂版は、もっとも言われる違いは、フルオケか室内楽かというところだろう。しかしそれ以外にも多々ある。編成で言えば、TimとHpが意外と違うところで登場する。またLibera Meの"Dies irae" に入る前52小節目のHrのリズム(すべて4分音符)など。譜割りもIntroit 24小節目・テナーのパートソロの5小節目<ここは版によりすべて違うので、ここを聴けば何版かわかる>、Offertoire 58小節目・バリトン・ソロなどなど。さて話が横にそれたが私がウォーカー版で好きな個所は、Offertoireの出だし、弦楽の浮かび上がる鮮明さだろうか。全体を通してウォーカーのテンポ設定は極めて「ゆったり目」。コーラスのアンサブルは成熟度が高く、綺麗に揃っている。ソプラノの声も柔らかく落着きがあり、テナーも変な頑張りがなくて良い。ソロのサラ・マクリヴァー(Sp)は、かなり好きな声だ。透き通って伸びのある高音部、柔らかい低音部。テディ・タフ・ローズ(Br)も力強い声。オルガンとの倍音にもってこいの声だ。次回、この曲の説明は、曲自体について書いてみたいものだ。



2021年2月11日木曜日

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲集_シュナイダーハン


 祝日の昼下がり、シュナイダーハン指揮振りによるベルリンフィルとのモーツァルト ヴァイオリン協奏曲全集(5曲)&ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ、ロンド(2曲)を聴いている。(録音:1965&1967年:ベルリン・イエス教会)。指揮振りだけでなくカデンツァもすべて自作。ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョK.261もお気に入り。この曲は、協奏曲第5番の緩徐楽章(第2楽章)の代用の楽曲。もともとこの5番は、ザルツブルク宮廷楽団の楽長であったアントーニオ・ブルネッティのために書かれたが、そのアダージョが、あまり技巧の達者でないブルネッティには無理筋と思ったのか、急拠新しくこのアダージョを仕上げて入れ替えたらしい。ともにアダージョ、ホ長調をとるが、このK.261では、協奏曲全楽章を通じて使われていたオーボエがフルートに替えられている。K.269のロンドは、1番の終楽章の代用としてといわれているが、こちらは定かではない。K.373のロンドは、フルート版もあり(K.Anh.184)ニ長調に移調して作られている。シュナイダーハンの柔らかく温かみのある演奏を満喫。

2021年1月29日金曜日

ブラームス 交響曲第4番_イッセルシュテット

 手兵「北ドイツ放送交響楽団」とハンス・シュミット・イッセルシュテットのブラームス交響曲集より交響曲第4番ホ短調Op.98を聴く(1973.5.21ライブ録音)。彼はこの1週間後の5/28に亡くなっているので、まさに「白鳥の歌」というべき演奏。

冒頭の弱起(4拍目)から揃って始まるヴァイオリンの集中力。テンポは中庸、これと言って甘さもないがこのシンフォニーの持つ「幽愁」さをさりげなく醸し出す。優しい木管が登場するとその香りが更に増してくる。第2主題、舞曲風のメロディーから少しテンポを落とし、低弦の響きが脳裏を支配する(ここ好き)。展開部、徐々に悲劇性を高めながら、弦楽群はむせび泣き終結部へ。
第2楽章、フリギア旋法の朗々としたホルンの響き、その抑圧された雰囲気をクラリネットの経過主題を経て縛りが外れヴァイオリンの音色が一気に解放しくれる。そして旋律的短音階の後に現れるチェロ第2主題の何と美しいことか。これは、のちに再現部で弦楽8重奏として重厚さを増す。第3楽章、2拍子のスケルツォ。イッセルシュテットは、比較的遅めのテンポ決然と進んでいく。そしてトライアングル・コントラファゴットの登場。端正でいて悠々たるもの。それでいて厚みのあるオーケストレーション。白眉の終楽章、バッハ カンタータ「主よ、われ汝を仰ぎ望む」BWV.150の終曲にあるシャコンヌに惹かれ、ロ短調ミサ第17曲「Crucifixus」のホ短調の通奏低音に影響を受け、低声部ではなく上声部に扱うというとてつもない変奏曲(30)を仕上げた。冒頭のトロンボーンの響きは、黙示的だ。第4変奏の悲し気なメロディーがあの有名な第12変奏のフルートソロへと誘う。再現部、トローンボーンが天上に向かって響き安らぎに中でフルートが優しく囁きかける。しかし束の間、再び黙示的な響きが流れると音楽は一変。まるで暗闇に向かって落ちてゆくかのようだ。「運命」の3連符が畳みかける。そしてブラームスは救いを求める我々の意を無視するかのように短調のままこの曲を終結する。隠れ名盤とさせていただきます。

2021年1月23日土曜日

ブラームス 交響曲第2番_ハイティンク

 ハイティンク、コンセルトヘボウ管によるブラームス交響曲&協奏曲集より、交響曲第2番ニ長調OP.72を聴く(1973年録音)。余談であるが、ジャケットにもロイヤルの名が入っているが、正式には、「ロイヤル」の称号がついたのは、1988年。よって録音時<1970-1980年>には、アムステルダム・コンセルトヘボウ管が正しい。その点、レニーのマーラー2回目の録音=1.4.9番はいずれもアムステルダム表記でよろしい。横道にそれたが、これは70年代の最高の2番であろう。馥郁たるヘボウ管の管楽器群が2番のもつ陰陽の色彩の豊かさを十分に表現している。第1楽章、冒頭のまろやかなホルンと凛としたフルートの見事な組み合わせ。それに続く弦楽群のシルキーな美しさ。第2主題のチェロの柔らかな音色。決然とした展開部の緊張感。言うことなし。第2楽章もコンセルトヘボウの良さを堪能できる。速度はもう少し遅いのが好みだが、下降旋律のチェロの憂愁感。孤高のホルン。会話のような第2主題の木管と弦楽の受け継ぎ。それぞれの役割の明確さが伺える。第3楽章、純朴なオーボエ、優しいチェロのピチカート。テンポが倍加した時のゆるみのないアンサブル。見事。終楽章、低弦の厚みを膨らませながら中庸のテンポで進んでいく。金管群はどこまでも品性を保ち、木管群は色彩豊かに、ティンパニーも出しゃばらず、エンディングも過度なアッチェランドをせず、ハイティンクの統率力と堅牢さが滲み出る一枚。



2021年1月12日火曜日

メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」_ミュンシュ

メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調Op.56「スコットランド」、ミュンシュ:ボストン交響楽団(1959年録音)にて聴こう。第1楽章、序奏、ミュンシュとしては予期せぬ哀愁感。深みをもち表情豊かに謳いあげる。しかし、一旦ドラマチックの至芸に達したミュンシュは止められない、グイグイとテンポをあげながら進む。低弦群の圧が攻撃性の度合いを増す。しかしときおり出てくる木管の悲哀はくっきりと浮かび上がるから不思議だ。コーダに至ってはもう嵐そのもの。どうおとしまいをつけるのか?なるほどやはりそこまでテンポを落とすか。
第2楽章も快速。ペンタトニックのクラリネットに合わせて疾走してゆく。ティンパニーが少しついていけず。しかしミュンシュはお構いない。一気呵成の高速カウンター。
第3楽章、歌謡的なヴァイオリンが優しく歌う。しかしテンポは速めで感傷的ではない。第2主題からは決然とした男らしさが滲み出る。ティンパニーがミュンシュのドラマチック性を盛り上げる。
終楽章、冒頭の低弦の残響が耳に残る。そしてグイグイ感のテンポ。心象風景を吹き飛ばす筋肉質なオーケストレーション。コーダは堂々した入りから、想定通りの武闘派な締め。賛否はあるだろうが、「スコットランド」のイメージを覆すミュンシュ親分の魅力たっぷりな1枚。


2021年1月2日土曜日

ブラームス 交響曲第1番_コンヴィチュニー

 恒例、年初の1発目視聴はこれ。ブラームス 交響曲第1番ハ短調Op.68。今年は、コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管(1962年録音)にて。その揺るぎない歩み、決して煽らず、焦らず、堂々たる王者の風格。こうした王道にて1年を過ごしたいものである。



2020年12月31日木曜日

R.シュトラウス メタモルフォーゼン_ケンペ

 今年の締めの曲は、R.Strauss「メタモルフォーゼン~23の独奏弦楽器のための習作」。今年の世界情勢を振り返ると締めはこの曲しかない気がする。演奏は、ケンペ;ミュンヘンフィル(1968年ライブ録音)。フルヴェン(1947)コンヴィチュニー(1955)クレンペラー(1969)バルビローリ(1969)カラヤン(4回目1969)ケンペ;ドレスデン(1973)オーマンディ(1978)など数々の名盤・名演があるが、これが一番のお気に入り。濃厚な弦楽群の音色、それでいて感情抑制的なケンペの棒、この二律背反が見事なまでの哀切を響かせる。来年は良い年でありますように。

ところで、今朝ニュースで観たが反日・売国報道を相も変わらず繰り返すTBSの親韓「日本レコード大賞」まだやっていたんだな。もはや日本もレコードも関係ないのに。










2020年12月12日土曜日

モーツアルト 交響曲第41番「ジュピター」_ボールト

 エイドリアン・ボールトといえば、ちょっとしたクラシック好きならホルスト「惑星」ね。という答えが返ってきそうだが、ボールトには、貴重な隠れ名盤「モーツァルト 交響曲第41番ハ長調k.551」がある。奇しくも「ジュピター」と惑星名がついているが、こちらはローマの全能の神「ユピテール」のこと。ということで、ボールト、ロンドンフィル(1974年録音)を聴こう。

すべての繰り返しを行い、対向配置により小気味よく鳴り渡る弦。ウィリアム・ベネットのフルートの柔らかさ。祝祭的なティンパニの響き。少し早めのテンポからくる躍動感。一楽器として変に飛び出してこない。揺るぎないアンサンブル。自在なテンポの揺れも心地よい。壮大かつ雄渾な音楽づくり。ボールトの男前さが生かされた演奏だ。