2025年12月30日火曜日

ドヴォルザーク 交響曲第6番_ケルテス

ドヴォルザーク 交響曲第6番ニ長調Op.60B.112 ケルテス(C)ロンドン交響楽団(1965年録音)にて聴く。ドヴォの交響曲1-6番ってめったに聴かないから、年末に聴いてみる。ブラームスはドヴォルザークが国際的な名声を上げていくいわば恩人である。この6番はブラ2っぽさをよく取り入れているのは有名だ。そもそも二長調だから、その気満々だ(ドヴォの交響曲唯一のニ長調)あっここ!ここも!ってな具合だ。特に第4楽章は何をかいわんやレベル。(知らない方は1回聴いてもらいたいくらいだ)第2楽章の優しい雰囲気は、メロディメーカーたるドヴォの真骨頂、そして第3楽章スケルツォいや「フリアント」(2拍子×3」の後に「3拍子×2」)がドヴォらしい民族的な要素を際立たせる激しさを纏った民族舞曲だ。7-9番に隠れてしまっているが、ドヴォらしさを感じる名曲だ。




2025年12月28日日曜日

シューベルト 交響曲第3番_マルケビッチ

 シューベルト 交響曲第3番ニ長調D.200:奇才マルケビッチ(C)ベルリンフィル(1954年mono録音)で聴く。シューベルト18歳の時の作品。「野ばら」や「魔王」と同じ年に書かれたもの。

この初期の小交響曲をマルケビッチは4回(ベルリンRIAS響<1953>・ベルリンフィル<1954>・ソヴィエト国立響<1963>・ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管<1967>)も録音している。他に類を見ないのでないかと思う。弦楽器が刻むリズムの上で、木管楽器が独奏楽器のようにメロディを歌い継いでいくのが面白い。第2楽章は、ハイドンやモーツァルトの影響を色濃く受けている。第3楽章のトリオでの、オーボエとファゴットによる民謡風の旋律は素敵です。終楽章プレストでの木管群のタンギングの技の巧拙とスピード感が見ものです。


2025年12月26日金曜日

モーツアルト ピアノ協奏曲第23番_ポリーニ

モーツアルト ピアノ協奏曲第23番イ短調 K.488、ポリーニ(P)ベーム:ウィフィルハーモニー(1976年録音)にて聴く。
ポリーニ 34歳の時のベームとの競演だ。
さて、K.488は、オーボエを外してクラリネットを加えた編成なのが特徴だ。K.488がイ長調なのはうなづけよう。第1楽章、清涼な朝の風のようなメロディ。主題を繰り返すピアノが登場してもその爽やかさは失われない。しかしいつしかモーツァルトお得意の短調に支配され再現部まで続く。カデンツァはモーツァルトのもの。緩徐楽章は、あまりにも悲しい。ピアノのモノローグを受けたクラリネットの高音の悲痛な叫び!ここにモーツアルトの神髄を垣間見ることができよう。終楽章は、うって変わって明るく快活だ。軽快に踊るピアノ、ファゴットとクラリネットがしっかりと味付け。ではあの緩徐楽章のメロディは一体何だったのだろう。と誰もが感じるだろう。ポリーニのピアノは円やかな響きで、躍動感をわざと抑え込んだ演奏。この曲のイメージにはよく合う。ピアノの硬質な響きの場面では、管弦楽がふんわりと包み込むのも良き。やはりこの演奏は23番でお気に入りの1つである。



2025年12月21日日曜日

ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番_アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース

 ブラームス 弦楽六重奏曲1&2番、アマデウス弦楽四重奏団+セシル アローノヴィッチ、ウィリアム プリース にて聴く。(1966年録音)。ウィリアム プリースはあのジャクリーヌ・デュ・プレの先生ですね。もちろん、1番第2楽章があまりにも有名であるが、1番第1楽章がお気に入りだ。シューマンほどではないが、甘さを吹き込んだメロディ、心の揺さぶり具合があの渋顔のブラームス似つかわしく、思わず笑みが零れる。



2025年12月18日木曜日

モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 _エマーソン弦楽四重奏団

 モーツァルト 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調 K.465《不協和音》。ハイドンセット6曲目、エマーソン弦楽四重奏団(1988-1991年録音)で聴く。第19番は、画像にある冒頭アダージョ序奏(22小節)の独特な不協和音から《不協和音》と呼ばれる。 チェロが刻む「C」の音に対し、他の楽器が半音階的に重なることで不協和音が生まれる。しかし安心してください。アレグロの開始とともに明るく曇りないハ長調にしっかり着地するのだから。エマーソンは、精緻なアンサンブル、クリア・明晰な音により表現がとてもスリリングだ。



2025年12月16日火曜日

レスピーギ ローマの祭り_ムーティ

最近、レスピーギにハマっている友人がいるので、流れで聴いてみる。ローマ三部作から選んだのは、順番も3番目で多分視聴も3番目に選ばれるであろう「祭り」。ところで画像を作成するにあたりレスピーギの写真初めて見た。こんな顔してるんやと思った。なんか<グスターボ・ドゥダメル>似てるなぁ。。。。。。さて、選んだのは、ムーティ;フィラデルフィア管(1974年録音)。まさにムーティ;フィラの絶頂期の演奏だ。ゴージャス金管に耳が行きがちだが、それだけではない、弦楽群の巧さよ!いち推しの名盤だ。いや、今日はそんな話ではない。「ローマの祭り」1曲目<チルチェンセス>についてだ。日本人からして「祭り」の語感からくるニュアンスにしては、何かおかしいなと感じなかっただろうか。その違和感は内容にある。ファンファーレは、「皇帝ネロ万歳!!」であり、トロンボーン・チューバのスタッカートでライオンが檻から放たれる!野獣の咆哮が大気に漂い、群集は高揚しまくり。やがてキリスト教徒たちの祈りの中、惨劇が繰り広げられ静かに消えてゆく。あな恐ろしい、ローマの「パンと見世物」と呼ばれる政策の中、皇帝ネロが自らの出火を疑われ、それをかき消すために濡れ衣を当時、異教徒であったキリスト教信者に着せ、囚人として競技場で飢えたライオンに食わせる「見世物」とした、そんな曲だからだ。チルチェンセスというのは、アヴェ・ネローネ祭(ネロ万歳祭り)なのだ。違和感の要因がお判りいただけただろうか。ちなみに往時キリスト教徒を一番惨殺したのは、ネロではなく、ガイウス・アウレリウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌスである。 



2025年12月12日金曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番_ガブリエル・タッキーノ

 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37、ガブリエル・タッキーノ(P)クリュイタンス;BPO<1965年録音>にて聴く。フランス人のタッキーノと同じくフランス語圏出身のクリュイタンス(実際はベルギー出身)、ベルリンフィルによる珍しい競演。インテンポの中、タッキーノの力強くも小気味よい鍵打が正統派の力量を示す。録音もEMIとは思えない鮮明さだ。ラルゴでのタッキーノは、慈愛に満ちており、終楽章は変に悲壮感を持たず、中庸のテンポにクリアで粒立ちの良いタッチ。実にエレガンスといえよう。全般を通し支えるBPOは豊かで深みのある響きを持ちタッキーノのピアノと程よく調和し良きかな。



2025年12月9日火曜日

シューマン 交響曲第3番_ミトロプーロス

シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」,ミトロプーロス(C)ミネアポリス響<1947年録音;mono)にて聴く。

第1楽章冒頭、ラインのさざ波を感じさせるテンポで良し。第2主題で大きくテンポを落とし、ロマンティックな表現を織り込む。展開部前のパウゼ、デクレッシェンドなど溜めや息遣いを漂わせる棒さばきはミトロの為せる技か。めちゃくちゃ音は悪いがつい最後まで聴いてしまう。第2楽章は、史上最速!ミトロは「レントラー」ではなく「スケルツォ」として、こう来るか!と思う。4楽章、荘重さを意識し低重心な展開。テンポもこの章だけは中庸。ラストは思い切り粘りを見せるもわざとらしくはない。終楽章、やや速いテンポに。明確に弾むように波立つデュッセルドルフのカーニバル。良いものを聴かせてもらいました。 



2025年12月7日日曜日

ブラームス ハイドンの主題による変奏曲_モントゥー

 モントゥー爺さんのデッカの名盤より、大好きな2曲の変奏曲。その中で今日は、いつも聴いているエルガーではなくてブラームス;ハイドンの主題による変奏曲 作品56aを聴きます。

2025年12月2日火曜日

リムスキー・コルサコフ 「シエラザード」_コンドラシン

 リムスキー・コルサコフ 「シエラザード」Op.35 キリル・コンドラシン(C)アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1979年録音)(V)クレバース。

お気に入りは、なんと言ってもトロンボーンだ!!<2>のソロのセンス溢れる吹きっぷり、終楽章のド迫力も魅力だ。
コンセルトヘボウ管は低重心でありながら高音は上品で心地よさが光る。渋みと洗練さとエネルギーを合わせ持つコンドラシンの逝去2年前の名盤。