2017年6月24日土曜日

ブルックナー 交響曲第7番_ブロムシュテット

昨夜のホールインワン達成祝賀会(一生の自慢)のお酒で帰宅後すぐにぐっすり眠ったため、こんな時間に音楽鑑賞です。夜中にもかかわらず「ブルックナー」
交響曲第7番(ハース版)、ブロムシュテット;ドレスデン・シュターツカペレ(1980年録音)にて。
ブル7の純粋な美しさを聴くにはブロムシュテットの音楽づくりはお手本のようであろう。また、ドレスデンの弦楽群の弱音の素晴らしさ、どこか木のぬくもりを感じさせる質感がすきです。
ブロムシュテットは、この秋にはゲヴァントハウス管とこの7番を来日して演奏します。3プログラムすべて聴きに行く小遣いもなく、残念ながら、Bプログラム(ブラームス:V協奏曲、シューベルト:ザ・グレイト)を選択したので聴けませんが、楽しみにされている方も多いかと思います。


2017年6月16日金曜日

ドイツ・レクイエム 24

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第24回目となりました。早2年というこですね。
1.クレンペラー 2.サバリッシュ 3.ヤルヴィ 4.ジュリーニ 5.セル 6.コルボ 7.アーノンクール 8.ケーゲル 9.ロバート・ショウ 10.アクサンチュス 11.コッホ 12.ヘレヴェッヘ 13.シノーポリ 14.クーベリック 15.バレンボイム 16.レヴァイン 17.ケンペ 18.マゼール 19.アンセルメ 20.クレツキ 21.シューリヒト22.ガーディナー23.ハイティンク
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第24回は、アバド;ベルリンフィル+スウェーデン放送合唱団、エリック・エリクソン室内合唱団、 シェリル・ステューダー(ソプラノ)アンドレアス・シュミット(バリトン)です。
アバド+ベルリンフィルには、DVDとなっている1997年のブラームス没後100周年に行われたムジークフェラインでおこなったコンサートのライヴ映像録音もあるが、今日は、1992年録音のCD盤をとりあげる。
コーラスは、誰もがうなずける最高水準のうまさ、特に思わず聴き惚れる第2曲。これほど惹き付けられる第2曲は他にない。
アバドの{DR}は、どことなく明るさと優しさをもつ構成となっている気がする。シュミットの声はその意味でどことなく生真面目で、陰にこもらずアバドの構成に合っていたかもしれない。
個人的には、もう少し低弦部の押しの強さが欲しい気がするが、
暖かみを出すアバドの{DR}には、響きさえあれば不必要だったのかもしれない。ソプラノ:ステューダーは、透明感があり、その美しさは、雲の晴れ間から優しく語り掛けれているようで癒される。
第6曲、ここでもアバドは熱くならず、コーラスを中心に包み込むような構成。これだけコーラスが上手ければ、優美さを強調したくなるのもうなずけるというものだ。
濃いドイツレクイエムをお好みの方には、物足りなさを感じるかもしれないが、美しさと恍惚感に溢れる演奏を聴きたい方にはお勧めの一枚といえるであろう。



2017年6月10日土曜日

シューベルト 「ザ・グレート」_ブロムシュテット:SKD

シューベルト 交響曲第9番「ザ・グレート」を聴く。(*番号はCDの通りで)ブロムシュテット:シュターツカペレ・ドレスデン(SKD)の名盤全集からです。(1981年:ドレスデン・ルカ教会)ペーターダムのホルン、ゾンダーマンのティンパニー、クルト・マーンのオーボエと名手たちの素晴らしい演奏、ルカ教会の残響の良さを聴ける喜び。ふくよかな弦楽の響き、濁りのない金管のトゥッティ、木管群の柔らかさと聴きどころ満載。

2017年5月26日金曜日

シューベルト スタバート・マーテル ヘ短調_ケーゲル

今夜は、かみさんと娘は、「ディズニー オン クラシック」に出かけており、夜留守番です。
シューベルト「スターバト・マーテル ヘ短調 D.385」を聴いています。ケーゲル:ライプツィヒ放送交響楽団&合唱団(1986年録音)です。
鬼才、奇人の異名をとるケーゲルであるが、こと宗教曲に関しては、極めて落ち着きと暖かみのある演奏をする。
ドイツ・レクイエムなどもそうだが、こちらのシューベルトも正攻法で素晴らしく、合唱指揮者出身というのを印象付けている。
さて、シューベルトのスタバート・マーテルは2曲あるが、このヘ短調は2番目の曲である。シューベルトは後年ドイツ・ミサ曲も書いているが、こちらもドイツ語訳で歌われる。
第1曲の出だしの弦楽の音から渋いライプツィヒの音色が響き渡る。その短調の深みがキリストの十字架への悲しみを伝える。
もともと深い悲しみをもつスタバート・マーテルであるが、シューベルトは、いくつかの長調を用いて、実に暖かく(3曲目)、美しさ(4曲目)と優しさ(8曲目)に満ちたメロディを加えている点が面白い。ここには、暗黒面のシューベルトは存在しない(当時19歳)といえよう。


2017年5月21日日曜日

フォーレ「レクイエム」_バレンボイム

金曜日の午後から少し寒気がして、あかんなぁと思っていたら案の定、熱が38度、得意の「土日風邪」。熱は薬ですぐに下がったが、ぼっーとして土曜日を過ごす、今朝は少し回復するも身体はまだ少し辛い。
でも音楽を聴けるくらいにはなっている。
今朝は、フォーレの「レクイエム」を聴こう。
バレンボイム:パリ管弦楽団+エディンバラ・フェスティバル合唱団、シーラ・アームストロング(Sp)フィッシャー・ディスカウ(Br)ピュイ・ロジェ(Org)<1974年録音>
フォーレの「レクイエム」といえば、クリュイタンス盤を誰もがあげるのではなかろうか。「フォーレ、レクイエム、名盤」でググっても決して登場しない当盤であるが、くしくも、同じパリ管(当時は音楽院管弦楽団)とフィッシャーディスカウのバリトン、ピュイ・ロジェのオルガン。若きバレンボイムの野心的・挑戦的な布陣なのだ。そして、バレンボイムの意図通りクリュイタンスを超える名盤ではないかと秘かに思っている。
コーラスの出来が良いというのもあるが、フィッシャーディスカウも12年の時を経て円熟味を増している、アームストロングの声も華やかで満足のいくものだ。
「 Introit et Kyrie」...出だしを極めて抑制したコーラス群、‟et lux perpetua luceat eis.”「絶えざる光が彼らを照らしますように」で
一気に解放!そのメリハリの自然さは素晴らしい。そして終始鳴り響くチェロの重低音。この曲においてこれは極めて重要なのだ。
「Offertoire」「Libera me」...フィッシャーディスカウの歌声はやはり特級品だ。
「Pie Jesu」...アームストロングの独唱は、少し艶っぽいが決して清楚さを失わずむしろ華やかさがあり良い。
フォーレの言葉「私にとって死は、苦しみというより、むしろ永遠の至福の喜びに満ちた開放感に他なりません。」
その「至福の喜びと開放感」をバレンボイムのひたむきな情熱の力で見事に表現できているのである。お勧めの一枚です
。


2017年5月6日土曜日

ドイツ・レクイエム 23

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第23回目となりました。
1.クレンペラー 2.サバリッシュ 3.ヤルヴィ 4.ジュリーニ 5.セル 6.コルボ 7.アーノンクール 8.ケーゲル 9.ロバート・ショウ 10.アクサンチュス 11.コッホ 12.ヘレヴェッヘ 13.シノーポリ 14.クーベリック 15.バレンボイム 16.レヴァイン 17.ケンペ 18.マゼール 19.アンセルメ 20.クレツキ 21.シューリヒト22.ガーディナー
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第23回は、ハイティンク:ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場合唱団、(Sp)ヤノヴィッツ(Br)クラウゼ 1980年;録音です。
この演奏は、誰もが期待する以上の素晴らしい演奏です。ウィーンフィルの弦楽群の美しさ、木管群の柔らかさを伸び伸びと引き出している。合唱団も一級品の美しさ。特にベースがいい声だ。
第1曲の演奏。重厚感を持たせているわけではないが、実に敬虔な響きが包み込む。テンポは中庸ですが、非常に落ち着いた流れを感じるのは、何故だろうか。
第2曲。重い足取りのユニゾン。ハイティンクは、この第2曲出だしにかなりの重厚感(テンポもかなり遅い)を与え、長調へ転じた後の柔らかさ対比を強く持たせている。その後の悲痛なまでの重厚感が、「しかし、主の言葉は残る、永遠に」の宣言に絶大な効果を与えているだろう。かなりドラマチックな演出であるが、オーケストラとコーラスの巧さが、それを支えきっているのは面白い。
第3曲。クラウゼは、中低音がフィッシャー・ディスカウの声によく似て、いい声だ。「正しいものの魂は神の手にあり」のフーガは、持続低音Dの威力がよくわかる巧みなオーケストレーションを堪能。
第4曲。この心和らぐ舞曲の弦楽群の美しさはウィーンフィルの真骨頂。ハイティンクのテンポは速めで軽快。
第5曲。さすがのヤノヴィッツ。この声を聴いただけで、このCDを聴いた甲斐がある。清楚な伸びのある声は、天上の入口まで届きそうだ。
第6曲。金管群もティンパニーも荒々しさはないが、非常に歯切れの良さを持つ。大フーガへ向けての緊張感は見事。
大フーガでの弦楽群も極めてメリハリのある響きが印象的である。
終曲。オーボエの巧さが印象的です。
非常にスケールの大きなお勧めの一枚です。

2017年4月30日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番_ギレリス/コンヴィチュニー


モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467 を聴く。
この曲は、第2楽章のAndanteが、ご存知、スウェーデン映画の「みじかくも美しく燃え」の劇中曲(ゲザ・アンダ;演奏)で使われ、その美しいメロディで一躍有名となった。
そのせいで、最近は副題に「エルヴィラ・マディガン」とつくこともあるとか。これは映画の主人公の女性綱渡り師の名前でこの映画の原題ある。
さて、今宵 紹介したいのは、ギレリス:コンヴィチュニー + ゲヴァントハウス管弦楽団の1960年のライブ(Mono)です。
この演奏は、通常考えうるモーツァルトの21番からすると異質かもしれない。

第1楽章 Allegro maestoso は、行進曲風の第一主題。コンヴィチュニーの弦楽のユニゾンは無骨に始まるが、木管群の柔らかさとの対比を強く意識している演奏であろう。
そして出だしのギレリスのピアノ。右手は極めて柔らかく転がるような音色、しかし左手に「あのギレリス」らしさが見えてくる。そして提示部。40番ト短調の調べが突然登場するが、すぐにト長調の第2主題へ。こちらは、ホルン協奏曲第3番K.447第3楽章の主題と同じメロディである。
カデンツァは、極めてベートーヴェンっぽさを感じさせる弾きぶりで、締めくくってくれる。ここは、思わずニヤけてしまう。
さて、第2楽章 Andante。コンヴィチュニーの淡々としてぶれない古典派音楽然とした気品を保つテンポ。加えて、ギレリスの明確な鍵打。極めてシンプルだ。このAndanteは、余計な甘さはなくても十二分に気高く優しく美しいのだということを2人の巨人は、証明して見せたのではないだろうか。
低音のピチカートと3連符に支えられながら、調性を幾たびも変化させ、淡々と流れていくだけで、余計なロマンティシズムは必要のないことを。
終楽章は、「モーツァルトのジェットコースター」を楽しむことができる。得意の短調変化もない、また展開部もなく一気呵成だ。ギレリスは、やはり右手でキラキラと音の粒を投げ飛ばしながら、時おり左手で硬質な低音を響かせる。

異質と書いたこの演奏は、この演奏のためにフォルテ・ピアノ・ペダルという装置を用意した古典派であり、かつ斬新なモーツァルトの本質に即した演奏とも言えるかもしれない。
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2017年4月22日土曜日

シューマン 交響曲第2番_シノーポリ

シューマン 交響曲第2番 ハ長調 Op.61を聴く。4番が一番好きなはずなのに、2番目に好きな2番を何故か一番聴いている気がする。
今日は、シノーポリ指揮ウィーンフィル(1983年録音)で。シノーポリは、この後、シュターツカペレ・ドレスデンと全集を録っており、勿論保有していますが、今日はVPOで。
精神障害に悩まされていた1845-46年の作品で、「頭の中でハ長調のトランペットが響いている」とシューマンが言った幻聴の<トランペットのモットー主題>からスタート。
何といっても第3楽章アダージョのやるせなさ、憂いに満ちたメロディは最美といってよいだろう。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが非常に高い音へ昇っていってトリルになるところなど、何度聞いても脳が鷲摑みされてしまう。この楽章は、単に美しいだけでなく、になやら「彼岸」への静かな到達のようなものを感じるのだ。シノーポリは、この演奏をするにあたり、「シューマンの正気と病魔について」というノートを書いている。彼は、パドヴァ大学で心理学と脳外科を学んでおり、楽曲と病気の回復過程を記載しているのも面白い。
この2番は、シノーポリにとってはずせない1曲かもしれない。

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2017年4月14日金曜日

ドイツ・レクイエム 22

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第22回目となりました。
1.クレンペラー 2.サバリッシュ 3.ヤルヴィ 4.ジュリーニ 5.セル 6.コルボ 7.アーノンクール 8.ケーゲル 9.ロバート・ショウ 10.アクサンチュス 11.コッホ 12.ヘレヴェッヘ 13.シノーポリ 14.クーベリック 15.バレンボイム 16.レヴァイン 17.ケンペ 18.マゼール 19.アンセルメ 20.クレツキ 21.シューリヒト
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第22回目は、ガーディナー指揮:オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク、モンテヴェルディ合唱団、シャルロッテ・マルギオーノ(Sp)ロドニー・ジルフリー(Br) <1990年録音>です。
ガーディナー最初の録音である。ガーディナー先生は、まず楽器からこだわってオーケストラを編成しているそうです。滑らかなウィナー・ホルン、短いウィナー・オーボエ、ティンパニーのための硬いバチなどなど。もちろん弦楽群は、ノン・ヴィブラートの奏法。
オリジナルによる最初の演奏です。
透明感と柔らかな響きに貫かれた演奏で、それはコーラスにも言える。クレンペラーに代表される重厚さや、ジュリーニに見られるロマンティシズムは、当盤には微塵もなく、バロック的な造形美で彩られている。こだわりのアクセントが音楽そのものを引き締めている。第6曲、大フーガの前のスフォルツァンドに至る場面の美しさは他の演奏ではなかなか見られない。大フーガの全く力みのなさが、ガーディーナー先生の特徴でもあるが、テンポは思い切り揺らしまくっている。しかし、典礼的な端正さをもつ演奏であると言えるのではないだろうか。これはこれで面白い。
とにかくどんな演奏でも私はこの曲が好きなのだ。


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2017年4月2日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第15番_ミケランジェリ



今日は、六義園のしだれ桜を始めとし王子駅付近の桜の散策に出かけました。
このような春の陽気に似合うモーツァルト ピアノ協奏曲第15番変ロ長調 K.450を聴こう!
ミケランジェリ_コード・ガーベン(C)北ドイツ放送交響楽団(1990年Live録音)です。
ミケランジェリも大好きな15番は、編成は、Ob(2), Fg(2), Hrn(2) 弦楽5部(終楽章のみフルート)と、いたってシンプルで小編成です。
第1楽章は、明るく弾むようなオーケストラで始まります。ワクワクするような春の陽気にピッタリ。
さて、指揮をするコード・カーベンは、全く無名。そりゃあそうだ!彼はグラモフォンのプロデューサーなのだ。
気難しいミケランジェリと長く付き合っていたが、ちょっとしたことで暫く縁を切っていました。このCDは、ミケランジェリが倒れ、奇跡的復活を果たした時にコンチェルトを一緒にする指揮者が見つからず、カーベンを指名して演奏されたものである。ちなみに前年の1989年に20.25番のライブもある。
15番に話を戻そう。特徴的なのは、ピアノの入り。通常主題をピアノが繰り返すのだが、15番では、極めて即興的で華やぐようなパッセージの序奏から始まる。そして主題を提示し、短調へ一瞬移行しグッと聴衆を引き込み、すぐにまた長調へ。モーツァルトの得意技炸裂!ミケランジェリのピアノの軽やかさは言うまでもないが、テンポも思い切り揺らし、緩急自在を慈しみ弾いているのがわかる。
第2楽章、アンダンテは最高の「赦し」の音楽。
弦楽とピアノによる交互の旋律は、心を静かに慰めてくれる最高のパッセージ。誰もが優しくなれるでしょう。
第3楽章、アレグロの出だしは、映画「アマデウス」でもお馴染み。
スキップしたくなるような主題。春を満喫できるロンド。
アインガングとカデンツァのミケランジェリの華やかにして慈しみのある音の粒が身も心も軽くしてくれます。
お薦めの15番です。







2017年3月25日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番_カーゾン&ブリテン

今日の一枚は、モーツァルト「ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595」。クリフ・カーゾン(P)、ブリテン(C)イギリス室内管弦楽団<1970年録音>。
27番(最後のピアノコンチェルト)は、モーツァルトがなくなる1年前(1791年)の作品で、モーツァルトがコンサートピアニストとして最後に演奏した曲です。その純粋な美しさは、清濁すべてを包み込む暖かさと優しさに溢れている。しかしそればかりでなく、永遠の旅立ちに向けての「悲しさ」「虚ろさ」を内包し、だがそこにある安らぎと、新しい世界へ向かうモーツァルトのワクワク感をも織り交ぜ、まるで一片の雲もない青空のような曲であろう。
そしてこの曲は、何の気張りも飾りもなく、まるで聴かせるため作品ではなく、一つのモノローグの雰囲気をもつ。そのため編成は、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦五部と極めて小編成となっており、ピアノのモノローグをオーケストラが支えるといった形式なのだ。
第1楽章、面白いことに交響曲第40番でも見られる1小節のみの低弦の伴奏から始まる。そして第一主題、ヴァイオリンの美しいメロディは、優しく天上へ舞い上がったかと思うと突如自分の胸元へと舞い降りてくる。管弦楽で繰り広げられるこの第一主題は、時折短調へと移ろい何気なく長調へ復帰するが、この二面性がモーツァルトがもつ心の襞を表現している。ピアノが始まると、同じメロディが少し「悲しみ」を中に含んで聴こえる。転がりゆく鍵盤に見る愛らしさと憂いの行き来。展開部でも、短・長を目まぐるしく行き来しながら、その底流にある「悲しみ」は一貫されている。
そしてピアノは、カデンツァにおいて、そのもどかしさを表現する。
第2楽章(変ホ長調)、天才モーツァルトの緩徐楽章の集大成とも言うべき至純の世界観。このピアノのメロディは、まさしく「向こうの世界」から我々の世界へ響いてくる音です。聴くものすべてを安らぎと暖かさに包み込んでくれる。ピアノと弦楽、管楽が一体となり創り出される至福のひと時。その中にあって少しデモーニッシュな74小節目の第1ヴァイオリンとそれを受け継ぐフルートの下降ラインなどは何度聴いても、ぞくぞくします。(下の楽譜の部分)
第3楽章、冒頭は作品番号としては1つ後ろですが「春の憧れ」K.596の一節を用いたといわれる第1主題です。この動機はカデンツァでも使われています。でもこのパッセージは、「コシ・ファン・トゥッテ」第2幕、ドラベッラが歌うアリア「恋はかわいい泥棒」にもよく似ています。姉の恋をそそのかす曲と清純に春を思う童心のような心の表現を同じモチーフとして用いている。そして、この至純のピアノコンチェルトにも加えている。このあたりがモーツァルトのお茶目なところかもしれません。
ここでは、変ロ長調へ戻っていますが、モーツァルト独特の「慰めなき長調」と私が勝手に呼んでいるロンドです。長調でありながらどこか憂いを含んだメロディです。
カーゾン、ブリテン盤は、27番の最高峰の一つあろうかと思います。珠玉とは、このカーゾンのピアノタッチのことを言う言葉であるかのような演奏。さすがのブリテン、カーゾンの微妙な心の動きをも見事に支え切っています。
是非、お勧めしたい一枚です。長くなりました。最後まで読んでいただきありがとうございます。






2017年3月11日土曜日

ドイツ・レクイエム 21

3月11日:日本人の「ドイツ・レクイエム」ファン(ヲタ?)としては、キリスト教徒ではなくても、今日という日は、やはりこれを聴かざるを得ないでしょう。
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月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第21回目となります。
①クレンペラー②サバリッシュ③ヤルヴィ④ジュリーニ➄セル⑥コルボ⑦アーノンクール⑧ケーゲル⑨ロバート・ショウ⑩アクサンチュス⑪コッホ⑫ヘレヴェッヘ⑬シノーポリ⑭クーベリック⑮バレンボイム⑯レヴァイン⑰ケンペ⑱マゼール⑲アンセルメ⑳クレツキ
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第21回目は、シューリヒト:シュトゥットガルト放送交響楽団、シュトゥットガルト放送声楽アンサンブル、フランクフルト放送合唱団、マリア・シュターダー(S)、ヘルマン・プライ(Br)<1959年録音>。最初に申し上げておきますが、録音はかなり残念です。
シューリヒトには、北ドイツ響、フランス国立管弦楽団との録音もありますが、今日はシュトゥットガルト放送響との演奏で。
さて、シューリヒトのドイツ・レクイエムは、「朗々として清廉」という言葉が似あうのではないでしょうか。
ヘルマン・プライには、他盤で見られるようなモノローグ的でなく、実に力強く生気に満ちた声で歌わせています。そのため第3曲は、フーガまでの緊迫感の中に重苦しさはなく「希望」へのつながりがはっきりしています。
第4曲、Selig動機の変奏であるこの曲は、実にテンポを大きく揺らしています。ここにシューリヒトの慈愛の深さを感じます。
第5曲、マリア・シュターダーは流石です。高音で割れてしまう当該録音ですが、シュターダーの美しい声だけは、さすが天上からの声とも言うべきか、全く影響もなく清らかで柔らかい歌声が響き渡ります。そしてここでも、シューリヒトは、悲しみの母というよりも、強い母と天のイメージでシュターダーに歌わせているようです。他盤に比べて実に力強さを感じます。
第6曲、シューリヒトのきびきび感と1音1音の切れ味の良さが光ります。力むことなく自然体でスフォルツァンドまで持って行き、淡々と大フーガへつながっていきます。力強さを持ちつつ優雅に華麗に歌われる賛歌です。
こちらも、お勧めの一枚となります。



2017年3月5日日曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第18番_ハイドシェック



ハイドシェックのモーツァルト ピアノ協奏曲集から、第18番 変ロ長調 K.456を聴こう。
ハンス・グラーフ指揮 ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団。(1994年録音)
20番台の1960年代ヴァンデルノート盤ではなく、円熟のハイドシェックの演奏である。この曲は、ウィーンの盲目のピアニスト、マリア・テレージア・フォン・パラディス(25才)のために作曲されたものである。ハイドシェック盤には、きちんと「パラデュース」の名が記載されている。
実は、彼女は同時期のモーツァルトのライバル宮廷音楽家レオポルド・コジェルフ(ボヘミア出身)の弟子だというから、アマデウスも無頓着にも程がある。
この如何にも胡散臭そうな名前のコジェルフ、実はサリエリよりも多く、モーツァルトの2倍の俸給を得ていたらしく、モーツァルトの死後に宮廷音楽家の地位に就いたのである。出版者でもあったがベートーヴェンなどは酷評しているようだ。
全く横道にそれてしまいました。
まず、18番第1楽章は、まさに春の暖かなウィーンの街を闊歩したくなるような旋律で始まります。(行ったこともないが)
ハイドシェックの音質は歳を重ねてもキラキラしています。そして、一音一音の切れ味にその才能を感じます。
この第1楽章は、単に快活なだけでなくモーツァルトお得意のちょっと沈みがちの翳りの短調部分が含まれており、ハイドシェックのピアノは自在と言える巧さでその濃淡を弾きわけています。カデンツァは、極めて打ち込み風の流れるような旋律。でもここでホール中が息をのむ風景が浮かんできそうです。
次に第2楽章ですが、これが白眉です。変ロ長調の平行調であるト短調。そうモーツァルト宿命の調性で書かれています。
冒頭の弦楽群で始まる、悲しいメロディーは耳にこびりついて離れません。そしてピアノが同じ旋律を8分音符で叩き始めた瞬間にモーツァルトの世界に引き込まれてしまう。如何にも単純なメロディーでありながら、複雑な半音階が現れるごとに不思議な雰囲気に陥る。これは「フィガロの結婚」でバルバリーナが歌う「カヴァティーナ」に似た主題を含む5つの変奏曲から構成されているのです。短調と長調を彷徨いながら展開する変奏曲の妙はモーツァルトならではです。
最後に第3楽章、ピアノから始まるドミソ好きのモーツァルトの「狩り」のテーマだ。(変ロ=シ♭・レ・ファか)。
この楽章は、8分の6拍子ですが、管楽器が4分の2拍子に、またピアノだけが4分の2拍子になる面白い中間部があります。こんなことを既にこの時代に取り入れているあたりが天才!!
ハイドシェックのカデンツァは、コルトー張りの相変わらずの天衣無縫。(弟子ですから)本当に楽しんでモーツァルトを演奏しているようです。18番もお勧めですね。

2017年3月2日木曜日

ラフマニノフ 徹夜祷_スウェーデン放送合唱団

今日は、お休みを頂いておりましたが、得てしてこんなもので、「風邪」で体が痺れ一日中寝込んでおりました。
やっとこ起き出してラフマニノフ「徹夜祷」を聴こう!
トヌ・カリユステ(指揮)スウェーデン放送合唱団。
「徹夜祷」もドイツ・レクイエムほどではないが、いつもまにかCDが増え続けているが、今日は、「スウェーデン放送合唱団」で。
ハーモニー、音の厚み、音楽の構成力などはやはり卓越したものがある。ベースはさすがにロシア人には敵わないが。


2017年2月19日日曜日

ドイツ・レクイエム 20

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第20回目となります。
①クレンペラー②サバリッシュ③ヤルヴィ④ジュリーニ➄セル⑥コルボ⑦アーノンクール⑧ケーゲル⑨ロバート・ショウ⑩アクサンチュス⑪コッホ⑫ヘレヴェッヘ⑬シノーポリ⑭クーベリック⑮バレンボイム⑯レヴァイン⑰ケンペ⑱マゼール⑲アンセルメ
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第20回目は、パウル・クレツキ:パリ管弦楽団+フランス国立放送合唱団(1956年録音)のLIVE盤です。(バリトン)フィッシャー・ディスカウ(ソプラノ)マリア・スターダー。錚々たるソリスト。
フィッシャー・ディスカウとクレツキは、1959年にマーラー「大地の歌」を録音していて、こちらも大好きな演奏です。
さて、前年にフランス国立放送合唱団は、シューリヒトと演奏していますね。あっ、そういえばまだシューリヒト盤(2枚所有)は紹介していないですね。いずれまた。
クレツキのドイツレクイエムは、かなりのスローテンポです。
ソリストもコーラスも<切々と歌わせる>それが一貫性かと。
この表現は、クレツキのホロコーストにより犠牲となった「両親や姉妹」へのまさしく鎮魂曲としても性格からかもしれません。
それが、如実に表れているのは第3曲ではないでしょうか。
F・ディスカウの声は若々しい声ですが、実に堂々としたモノローグです。これほど緊張感のある第3曲はクレツキ盤だけでしょう。
第5曲 マリア・スターダーの美しい声は、さすがです。
フリチャイ盤のモーツアルト「大ミサ」のキリエを思い出します。
天上へ届きそうな優しさと柔らかさ、そして悲しみの憂い。
第6曲、大フーガ前の勝利の歌の怒涛のテンポと溜めのカッコよさは、抜群です。




2017年2月12日日曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番_アニー・フィッシャー

今日は、かみさんの誕生日ですが、娘と2人で劇団四季の「アラジン」を観に出かけました。パパはお留守番です。(いつものこと)
先週、今週の土曜日と、娘が一人暮らしを始めるので荷物を車で運んだり、新しいベットや布団、テーブルなど買わされたり小忙しくしており、やっと今日ゆっくり音楽が聴けます。
**********************
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37。
アニーフィッシャー:フリッチャイ+バイエルン国立管弦楽団
(1957年録音)
ベートーヴェンのソナタを聴き揃えてよりアニー・フィッシャーのファンなのだが、このコンチェルトの3番は、本当に素晴らしい。
ハンガリー出身同士の競演。
とにかくアニー・フィッシャーのピアノには説得力がある。カデンツァの凄みは驚天動地。
フリッチャイは、うまくテンポを揺らしながらフィッシャーのピアノを引き立てている。
実は、3番は第1楽章のC-E♭-G-F-E♭-D-Cの主題があまり好みではない。しかし思わず通して聴いてしまうものが、この演奏にはある。


2017年2月4日土曜日

ベートーヴェン_ピアノ協奏曲(奇数)_ミケランジェリ

最近のマイブームは、「ベートーヴェンのピアノ協奏曲」。
今朝は、ミケランジェリで。
1番&3番・・ジュリーニ:ウィーン交響楽団(1979年:TV録画用ライブ録音)
5番・・チェリビダッケ:スウェーデン放送響(1969年ライヴ録音)
賛否両論あるミケランジェリであろうが、やはりその音は美しく煌びやかだ。
(ちなみに、この5番のCDは、東日本大震災に見舞われた日本に対して、チェリビダッケ氏子息の御理解を得て、一部が日本赤十字に寄付されるものとしてリリースされた浄財CDです。)



2017年1月29日日曜日

モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3番_グリュミオー

今朝は、定番中の定番にして最高峰といえるグリュミオーのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲から「3番 ト長調 K.216」を取り上げてみよう。アルテュール・グリュミオー:コリン・デービス+ロンドン交響楽団(1964年録音)。
ちなみにグリュミオーには1950年代にパウムガルトナー指揮によるウィーン響との旧盤(mono)があり、こちらを推す方もいるが、史上最高といわれたヴィブラートが磨き抜かれたステレオ盤の当盤で。この3番は、じつはグリュミオーの戦後間もないパリ・デビュー曲でもあります。
「シュトラスブルク協奏曲」というあだ名をもっていますが、「トルコ風」で有名な5番よりも私はこの3番がお気に入りだ。
2番からわずか3か月のちに書き上げた3番でモーツァルトは格段の成長を見せたと言われています。管楽器パートの重要性、ヴィオラやチェロの独立性などヴァイオリンとトゥッティの掛け合いだけの典雅な曲風からの脱皮です。これは、もう冒頭の30小節を聴いただけで明確です。その第1楽章の主題は、「羊飼いの王様(Il re pastore)K.208」の3曲目のアミンタのアリアの冒頭から引用されています。春が待ち遠しくなるワクワクとした主題。そしてヴァイオリン。キレとコクのあるグリュミオーの美音をいきなり堪能することができるでしょう。
第2楽章 ニ長調のAdajioは、まさに「癒し」の極致。弱音機を付けた弦楽パート。チェロとコントラバスのピッチカート。オーボエからフルートへ転換しての音彩(こんな言葉があるかわしらないが)の転換。そして天上からの音とかと思われるグリュミオーの奏する甘美なメロディーライン。ここでは誰もが優しい気持ちになれるはず。
第3楽章は、フランス風味のAllegro。しかし、陽気で伸びやかな旋律は、途中でト短調へ変わる。モーツァルトの得意とするところ。この変化がまた聴くものを惹きつけるのだろう。中間部はチャーミングなAndanteとAllegrettoがある。これも魅力の一つ。色々な仕掛けを満載した1曲である。
さて、第1楽章の主題で引用されている、「羊飼いの王様(Il re pastore)K.208」からアミンタのアリア「"Aer tranquillo e dì sereni"」をyoutubeから張っておきましょう。
https://www.youtube.com/watch?v=apFtTPwg9NI
そして、グリュミオーの3番もyoutubeから。
https://www.youtube.com/watch?v=5jXNlWhaUE0



2017年1月21日土曜日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番_エマール盤&フライシャー盤

おはようございます。今朝は、ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番 ト長調 Op.58 を、聴こう。
フラシャー:セル+クリーブランド管(1959年録音)とエマール+アーノンクール:イギリス室内管弦楽団(2002年録音)と4番お気に入りの2枚を取り出して聴いています。
フライシャー盤 第1楽章は、「上善如水」という言葉がぴったり。
フライシャーのピアノは一音一音がしっかりしていながら、流麗で繊細だ。まさに何者にも逆らわず流れゆく水の如しである。
セルが創り出す第2楽章の出だしの弦楽の決然とした響きが、とにかく私的には「No.1」のためはずせない。それに応えるフライシャーの、そこはかとない音がいい。
エマール盤は、とにかくエマールの美音。そしてどことなく温かみのある音がいい。全集が、知る人ぞ知る名盤(5番は??)であるが、とくに2番とこの4番が好きでついつい聴いてしまうのだ。



2017年1月15日日曜日

ドイツ・レクイエム 19

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第19回目となります。
①クレンペラー②サバリッシュ③ヤルヴィ④ジュリーニ➄セル⑥コルボ⑦アーノンクール⑧ケーゲル⑨ロバート・ショウ⑩アクサンチュス⑪コッホ⑫ヘレヴェッヘ⑬シノーポリ⑭クーベリック⑮バレンボイム⑯レヴァイン⑰ケンペ⑱マゼール
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今年初となる第19回は、アンセルメ:スイスロマンド管、アグネス・ギーベル(Sp)、ヘルマン・プライ(Br)(1966年録音)です。
冒頭から感じるのは、暖かみと慈愛に溢れた演奏であるということ。ゆっくり目のテンポでコーラスも語り掛けるように。
それは、第2曲に入っても変わらない。
重々しく歌われる変ロ短調の冒頭から
「So seid nun geduldig, lieben Brüder, だから今は耐え忍びなさい、愛しい兄弟よ」の「変ト長調」へ転調された場面での優しさに、それを特に強く感じることができるであろう。
この第2曲において、テンポをうまく揺らしながら、まるで物語のように展開されてゆくアンセルメの数学者としての構成力には脱帽です。
第3曲。ドイツレクイエムと言えば、やはりプライです。
この演奏でのプライのモノローグは、哀歌そのもののような声の色彩をもつ。やはりプライの独唱はいつ聴いても素晴らしい。
第4曲では、この曲が舞曲であることを知らしめてくれる極めて明確な1拍目の使いかたが如何にもアンセルメらしさを感じる。
第5曲。ソプラノのギーベルは、音量は他に譲るものの天上から歌いかけるような甘い美声はさすがだ。この2人は1960年チェリビダッケ盤でも競演している。
第6曲。冒頭、アンセルメはここでも深刻さを排除しているように思える。金管群もティンパニーも荒々しさを微塵も感じさせず、大フーガへ突入する。人によっては少し物足りなさを感じるかもしれない。ラストのリタルダントにみられように「賛歌」への強いこだわりを感じさせる表現方法であろうか。
第7曲。ドイツレクイエムは、1個の人間が様々なドラマ(人生)を営んだ後に、哀しみの死を迎える中で神の祝福を受けるというブラームスらしい構成となっていると思われる。(救いと報い)
その終着点において、どこまでも優しくハートを感じさせるのが、アンセルメの演奏ではないだろうか。一聴をお勧めします。


2017年1月3日火曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第14番_バレンボイム


新春に相応しいのは、モーツァルトのピアノ協奏曲。
1968-1974年に録音された若きバレンボイム(ピアノ&指揮バレンボイム:イギリス室内管弦楽団)のキラキラしピアノタッチが魅力の
演奏を聴いています。
滅多に紹介されない14番 変ホ長調 K.449 をご紹介。
ウィーンで独立し、自作の演奏会を開くために最初に作曲された曲であり、弟子のバルバラ・プロイヤー嬢(ザルツブルグ宮廷連絡官の娘)に捧げられた曲です、モーツァルト自身が初めて自作の目録を作り始めた最初の曲です。
プロイヤー家は、かなり作品代をはずんでくれたようです。
(ちなみに17番もプロイヤー嬢のために書かれた作品です)
14番では、編成は弦楽5部、オーボエ2本、ホルン2本、ファゴット1本と小編成です。
特異のユニゾンで始まる決然とした冒頭の主題があちこちに登場しながら、ピアノのアルペジオ中心に柔らかいメロディを弦楽に支えながら展開してゆきます。
第2楽章アンダンティーノは、モーツァルト得意の緩徐楽章。
アリアのような優しいメロディは、何時聴いても心安らぎます。
バックに流れる弦楽のサポートも美しいです。
第3楽章は、軽快なアレグロ。少しフーガ風の掛け合いをしながら、チャーミングに変奏していきます。ピアノが踊りながらフィレーナを迎えます。
バレンボイムの甘さを含んだピアノの音は柔らかく、いかにもウィーンぽさを表現していてGOODであります。

2017年1月1日日曜日

2017年 迎春 ブラームス交響曲第1番_テンシュテット


あけましておめでとうございます。
よき新春をお迎えのことと、お喜び申し上げます。
2月18日が楽しみですね。
今年もブラームスとモーツァルト中心での投稿になりますが、
宜しくお願いいたします。
年の初めは、もちろん ブラームス 交響曲第1番 からです。
クララ・シューマンへの手紙に「Hoch auf’m Berg, tief im Tal, grüß ich dich viel tausendmal!」(高い山から、深い谷から、君に何千回も挨拶しよう)とある第4楽章のアルペンホルンの「EDCG」が年初に響き渡り、フィナーレの明るい未来へのブラームスの「歓喜の歌」が勇気を与えてくれるでしょう。
テンシュテット:北ドイツ放送交響楽団(LIVE:1981年ではないかと)で聴いていきましょう。
テンシュテットのブラ1も多く録音されていますが、一番秀逸だと思っています。
第1楽章、冒頭の8分音符のティンパニーの厚み、寂寥感を漂わせるNDRの弦楽群。直線的で決然としたテンシュテットのリズム。
第2楽章は、テンシュテット独特の歌わせっぷりに重厚感のある弦楽群がぎりぎりまで弾ききります。ヴァイオリンのソロも甘さを抑え引き締まった音でブラームスの孤独感を表現しているようです。
第3楽章は、ブラームスのメニエット、スケルツォの典型的3拍子を用いない独特のグラツィオーソの楽章。色めくように木管が遊びまわる色彩感。メリハリをつけたテンシュテットの真骨頂。
そして最終楽章、62小節に向けてドラマチックに追い込んでいく。
クレッシェンドするティンパニーのド迫力、ピチカートの明確さ、低弦のうねりと金管の咆哮。どれもテンシュテットならではの情熱的なフィナーレ。ブラボー!!





2016年12月30日金曜日

第九_フルトヴェングラーより


本日仕事仕事納めでした。
やっとゆっくり年末の第九が聴けます。
やはりフルトヴェングラーの白鳥の歌とも言うべき「第3楽章」をもつ1954/8/22のルツェルンの第九(フィルハーモニア管)でいきたい。
とにかく第九は第3楽章が好きでたまらない。
冒頭、クラリネットとファゴットで始まる導入部、チェロのGESの音でもう参ってしまうのだ。「伝七捕物帳」ならぬ「減七とりこ調!!」。
その後のヴァイオリンのメロディ(第一主題)の何と美しいことか。そして、ここもチェロの裏の動きがうっとりさせる程いいのだ。
(第二主題)は、あろうことか第2ヴァイオリンとヴィオラがメロデイーラインを奏でる。この中庸の音色がまた心を惹きつける。このあと第1ヴァイオリンに引き継いだところからは変奏部へ。おっとそうこうするうちに、ファンファーレが来ました。もうすぐ第4楽章へ向かいます。長くなりそうなので、このあたりで、書くのは止めて、曲に没頭してまいります。それでは!!

2016年12月25日日曜日

モーツァルト 交響曲集_ペータ・マーク

今日は、年賀状を作成中です。
聴いている音楽は、ペータ・マークのモーツァルト 交響曲集。
オーケストラは、イタリア・ヴェネト州のパドヴァを本拠とする室内オーケストラ「パドヴァ・ヴェネト管弦楽団」。
今、聴いているのは大好きな38番ニ長調 K.504「プラハ」。
こちらは、30番台~41番までの録音集ですが、ペータ・マークのモーツァルトは秀逸です。
「プラハ」は、少し重苦しいAdajioの序奏から始まります。変ロ長調→ト短調→イ短調→ニ短調と変化しながら進む不安と緊張の重厚な響きをマークはじっくりと聴かせます。「ドン・ジョバンニ」を予感させるメロディ。ティンパニーの効果的なアクセント、木管群の
サポート。その後に続くアレグロの爽快さとのメリハリ。マークは、楽譜より幾分余分に強弱をつけることで、室内楽のひ弱さを十二分に補っているのであろう。それが非常に分厚い響きになっているから不思議だ。
おっと年賀状やんなきゃあ!!
マークのモーツァルトは、クセがあるかもしれないが、一度聴くとまた聴きたくなる、そんな演奏だ。
39番もいいのだ。あっ年賀状!年賀状! それではまた・・・


2016年12月23日金曜日

ドイツ・レクイエム 18

月に1度は聴きたくなるブラームス「ドイツ・レクイエム」シリーズ。第18回目となります。クリスマスが近かろうが、何といっても「ドイツレクイエム」で貫きますぞ。
①クレンペラー②サバリッシュ③ヤルヴィ④ジュリーニ➄セル⑥コルボ⑦アーノンクール⑧ケーゲル⑨ロバート・ショウ⑩アクサンチュス⑪コッホ⑫ヘレヴェッヘ⑬シノーポリ⑭クーベリック⑮バレンボイム⑯レヴァイン⑰ケンペ
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第18回目は、マゼール最初の録音:フィルハーモニア管との「ドイツレクイエム」です。イレアナ・コトルバス(S)、ヘルマン・プライ(Br)(録音:1977年)。
マゼールは、最後の来日(ミュンヘンフィル)でサントリーホールで演奏を聴いた忘れられない巨匠です。
そういえば、マゼールの聖ミカエル教会での追悼演奏は、ミュンヘン・フィルと以前に音楽監督をしていたバイエルン放送交響楽団の合同で、ゲルギエフ指揮のもとブラームスの「ドイツ・レクイエム」演奏されましたね。
さてこれは、かなりの名演奏と言って過言ではない。マゼール40代後半のドイツレクイエムは、虚飾を排除しコーラスとオーケストラの見事なバランスの中、無理に細部にこだわることなく、神聖な祈りを捧げるという構築がなされている。
コーラスも素晴らしい、ヘルマン・プライの淡々としたモノローグもそれでいて説得力をもつ。うーんいい声だ。プライほど、悉く「ドイツレクイエム」の名盤に登場する歌手もいないのではないだろうか。クレンペラーから始まり、シューリヒト、アンセルメ、チェリビダッケ、クーベリック、ブーレーズ、そしてマゼール。
コトルバスのソプラノは、柔らかく美しい。クライバーの「椿姫」のヴィオレッタを思い出しました。